6 / 53
リサーヌ国(魔法学校)編
新しい魔法
しおりを挟む
トレニアに連れられて、遅れて教室に入ると、扉に近い一番後ろの席に座った。正面には黒板と教壇があり、階段状に長机が五列並んでいる。騒がしかった教室が、トレニアが教壇に立つと静かになった。
周囲を見渡すと、女子生徒も男子生徒も、いくつかのグループがすでにできている。面白いほどに、胸元の家柄の紋章通りに人間関係が出来上がり、小さな貴族社会がそこには形成されていた。
けれど、そのどの輪の中にもオルフェがいないのが不思議だった。
窓際の一番後ろに、オルフェが、一人でぽつりと座っていた。イオリーは、両手を顎の下で組み、こっそりと、その横顔を盗み見る。
「――あぁ、入学おめでとう諸君。さて、昨日、既に、寮で打ち解けている者がほとんどだろうが、今日学校に来た者もいる」
教壇の前に立つトレニアの視線はイオリーに向いた。おそらく、クラスで今日学校に初めて来たのは、イオリーだけだろう。
「改めて、前から順番に自己紹介を」
黒板のすぐ近くの席には、さっきイオリーを田舎者とからかった三人が座っていた。彼らも、オールトンの出身で、オルフェと同郷だった。オルフェより地位は低くとも、名のある貴族。さっきの様子から、てっきりオルフェと仲がいいのかと思ったが、オルフェは彼らから離れて、一人で窓際に座り、外を見ている。二階の教室の窓からは、昼間の海がキラキラと光って見えた。
一番後ろの席の窓側にオルフェ、扉側にイオリー。その間には誰も座っていない。
(近くに座るのは、恐れ多い、とか? 俺が詰めて座ったら怒るよなぁ)
ただ、一人で座っているのに入学式同様、オルフェは常に周囲から視線を送られていた。これでは、勉強中も落ち着かないだろう。有名な貴族の息子も大変だ。
クラスメイトが名前と、出身地、家柄、趣味などを簡単に話していく中、オルフェの番になった。
「――初めまして。オールトンから来ました。オルフェ・アルメリアです。どうぞよろしく」
静かに立ち、静かに座る。流れるような動作。
イオリーは思わず吹き出しそうになって口を抑える。挨拶、出身地と名前だけ。こちらが何かを聞かなければ、何も話さない。昔と変わらず不器用な男のままだった。本当は、もっと愛嬌があって面白いのに。つくづく自分を出すのが下手だ。
「では、最後」
トレニアに促されて、イオリーは席を立つ。
「はい。イオリー・オーキッドです。既に皆さんご存じの通りの名もなき田舎者です。どうぞよろしくおねがいしまーす」
見下す視線を一身に浴びながらも笑顔を絶やさないイオリーを見て、くすくすと笑い声が上がる。
「おい、なんで、平民なんかが貴族の学校に来たんだよ」
何か面白いことを言ってみろと、からかうクラスメイトを、トレニアは、ため息をつくだけで静止することはない。生徒たちの面倒ごとはごめんだ、関わらない、どちらにもつかない、そういう立ち位置。
別に、イオリーもトレニアに助けてもらおうなんて考えていない。
イオリーは、自分の夢のために、この学校に来た。それ以外は、おまけだ。
もちろん、オルフェと楽しい学校生活が送れないと分かったときは、がっかりした。けれど、彼は彼の立場を守らなければいけない。イオリーにだって、彼と同じように、ここでやるべきことがある。
「俺は、絶滅した夜に咲く花を、もう一度咲かせる新しい魔法を作りたい。だから、ここへ近代魔法学を学びに来ました」
広い教室が、しん、と静まり返った。
クラスメイトは「どうして学校に来たのか」という揶揄の言葉に明確な答えが返ってくると思っていなかったのだろう。けれど、イオリーの目的は最初から決まっていた。
ここ数年、魔法薬学の研究が頭打ち。田舎で手に入る古代魔法の文献は、すでに隅から隅まで読み終わってしまった。
「……そんなこと、できるわけないだろ」
静かな教室で、ぽつり、と生徒の誰かが独りごちたのが聞こえた。
イオリーは曽祖母が叶えられなかった。失われた植物を蘇らせる魔法を作りたい。
生前、彼女がイオリーに見せたのは、記憶から生まれた幻影だ。
この世界にある魔法とは、元素組み合わせが基本とされている。そして、魔法使いが、それら各要素と魔力を掛け合わせ、治癒、幻影、召喚、変身、転移などを実現させている。
学会で発表されるような、目新しい魔法も、全ては数多ある組み合わせからできているものだ。
そして、原則、ないものは、魔法でも生み出せないし、魔力がない者は、持つ者から、奪うか借りるしかない。近代魔法都市で現在使われている『コード』は、『借りる』にあたる。
――この世の法則を捻じ曲げてでも、叶えたい夢。
「――なので、みなさんと一緒に、お勉強を頑張りたいと思います」
イオリーが、そう言って、自己紹介を終わらせ席に座ろうとしたときだった。
沈黙を打ち破ったのは、唐突なオルフェの笑い声だった。
その笑い声が、あまりにも……子供の頃、イオリーが笑わせたときと同じ顔だったから、懐かしくて、胸が苦しくなる。昔と違い、変わってしまったけれど、変わっていないところもある。それに気づいて、なんだか泣きそうになった。
それは、イオリーが、ずっと見たかったオルフェの笑顔だった。
彼の中に張られていた緊張の糸が、突然切れたみたいだ。口元を抑え、お腹を抱えて、目に涙を浮かべて笑っている。
(……なんだよ、ちゃんと、昔みたいに笑えるんじゃん)
けれど、自分の真剣な夢を笑われたのは、ちょっとだけ心外だった。一体何が面白かったんだろう。ムカついたので、あとで問い詰めてやりたい。
多分、それは叶わないだろうけど。
周囲を見渡すと、女子生徒も男子生徒も、いくつかのグループがすでにできている。面白いほどに、胸元の家柄の紋章通りに人間関係が出来上がり、小さな貴族社会がそこには形成されていた。
けれど、そのどの輪の中にもオルフェがいないのが不思議だった。
窓際の一番後ろに、オルフェが、一人でぽつりと座っていた。イオリーは、両手を顎の下で組み、こっそりと、その横顔を盗み見る。
「――あぁ、入学おめでとう諸君。さて、昨日、既に、寮で打ち解けている者がほとんどだろうが、今日学校に来た者もいる」
教壇の前に立つトレニアの視線はイオリーに向いた。おそらく、クラスで今日学校に初めて来たのは、イオリーだけだろう。
「改めて、前から順番に自己紹介を」
黒板のすぐ近くの席には、さっきイオリーを田舎者とからかった三人が座っていた。彼らも、オールトンの出身で、オルフェと同郷だった。オルフェより地位は低くとも、名のある貴族。さっきの様子から、てっきりオルフェと仲がいいのかと思ったが、オルフェは彼らから離れて、一人で窓際に座り、外を見ている。二階の教室の窓からは、昼間の海がキラキラと光って見えた。
一番後ろの席の窓側にオルフェ、扉側にイオリー。その間には誰も座っていない。
(近くに座るのは、恐れ多い、とか? 俺が詰めて座ったら怒るよなぁ)
ただ、一人で座っているのに入学式同様、オルフェは常に周囲から視線を送られていた。これでは、勉強中も落ち着かないだろう。有名な貴族の息子も大変だ。
クラスメイトが名前と、出身地、家柄、趣味などを簡単に話していく中、オルフェの番になった。
「――初めまして。オールトンから来ました。オルフェ・アルメリアです。どうぞよろしく」
静かに立ち、静かに座る。流れるような動作。
イオリーは思わず吹き出しそうになって口を抑える。挨拶、出身地と名前だけ。こちらが何かを聞かなければ、何も話さない。昔と変わらず不器用な男のままだった。本当は、もっと愛嬌があって面白いのに。つくづく自分を出すのが下手だ。
「では、最後」
トレニアに促されて、イオリーは席を立つ。
「はい。イオリー・オーキッドです。既に皆さんご存じの通りの名もなき田舎者です。どうぞよろしくおねがいしまーす」
見下す視線を一身に浴びながらも笑顔を絶やさないイオリーを見て、くすくすと笑い声が上がる。
「おい、なんで、平民なんかが貴族の学校に来たんだよ」
何か面白いことを言ってみろと、からかうクラスメイトを、トレニアは、ため息をつくだけで静止することはない。生徒たちの面倒ごとはごめんだ、関わらない、どちらにもつかない、そういう立ち位置。
別に、イオリーもトレニアに助けてもらおうなんて考えていない。
イオリーは、自分の夢のために、この学校に来た。それ以外は、おまけだ。
もちろん、オルフェと楽しい学校生活が送れないと分かったときは、がっかりした。けれど、彼は彼の立場を守らなければいけない。イオリーにだって、彼と同じように、ここでやるべきことがある。
「俺は、絶滅した夜に咲く花を、もう一度咲かせる新しい魔法を作りたい。だから、ここへ近代魔法学を学びに来ました」
広い教室が、しん、と静まり返った。
クラスメイトは「どうして学校に来たのか」という揶揄の言葉に明確な答えが返ってくると思っていなかったのだろう。けれど、イオリーの目的は最初から決まっていた。
ここ数年、魔法薬学の研究が頭打ち。田舎で手に入る古代魔法の文献は、すでに隅から隅まで読み終わってしまった。
「……そんなこと、できるわけないだろ」
静かな教室で、ぽつり、と生徒の誰かが独りごちたのが聞こえた。
イオリーは曽祖母が叶えられなかった。失われた植物を蘇らせる魔法を作りたい。
生前、彼女がイオリーに見せたのは、記憶から生まれた幻影だ。
この世界にある魔法とは、元素組み合わせが基本とされている。そして、魔法使いが、それら各要素と魔力を掛け合わせ、治癒、幻影、召喚、変身、転移などを実現させている。
学会で発表されるような、目新しい魔法も、全ては数多ある組み合わせからできているものだ。
そして、原則、ないものは、魔法でも生み出せないし、魔力がない者は、持つ者から、奪うか借りるしかない。近代魔法都市で現在使われている『コード』は、『借りる』にあたる。
――この世の法則を捻じ曲げてでも、叶えたい夢。
「――なので、みなさんと一緒に、お勉強を頑張りたいと思います」
イオリーが、そう言って、自己紹介を終わらせ席に座ろうとしたときだった。
沈黙を打ち破ったのは、唐突なオルフェの笑い声だった。
その笑い声が、あまりにも……子供の頃、イオリーが笑わせたときと同じ顔だったから、懐かしくて、胸が苦しくなる。昔と違い、変わってしまったけれど、変わっていないところもある。それに気づいて、なんだか泣きそうになった。
それは、イオリーが、ずっと見たかったオルフェの笑顔だった。
彼の中に張られていた緊張の糸が、突然切れたみたいだ。口元を抑え、お腹を抱えて、目に涙を浮かべて笑っている。
(……なんだよ、ちゃんと、昔みたいに笑えるんじゃん)
けれど、自分の真剣な夢を笑われたのは、ちょっとだけ心外だった。一体何が面白かったんだろう。ムカついたので、あとで問い詰めてやりたい。
多分、それは叶わないだろうけど。
11
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
僕に溺れて。
ヨツロ
BL
無自覚美人の主人公が、ヤンデレ系幼馴染に溺愛される話です。初手監禁、そのまま射精管理、小スカ、アナル開発になります。基本的にR18シーンですが、特に際どいものには※をつけてあります。暴力は一切ありません。どろどろに愛されてる受けと、受けが好きすぎてたまらない攻めを書きます。薬の使用頻度高めです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)
ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに
ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子
天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。
可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている
天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。
水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。
イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする
好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた
自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い
そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語
平凡な研究員の俺がイケメン所長に監禁されるまで
山田ハメ太郎
BL
仕事が遅くていつも所長に怒られてばかりの俺。
そんな俺が所長に監禁されるまでの話。
※研究職については無知です。寛容な心でお読みください。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる