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第二十話(最終話) *
しおりを挟む最初から、クリスマスは、純と過ごすつもりだった。この日の計画が、どこまで純の想定通りで、どこからが、想定外だったのか。
お望み通り純と駅のピアノで一緒に遊んだあと、大学生が絶対選ばないような、ハイクラスなホテルの部屋に連れてこられた時、結斗は急に自分の半分が考えていることが気になる。少なくともホテルのカウンターで「ご予約の二名様」と言われたので、最初から誰かと泊まる予定だったのは間違いない。
「純さ、こんな広いとこ一人で泊まる気だったのか?」
「二人だよ」
そうだろうねと、そこまでは、結斗の予想通りだった。問題は誰と泊まるかだ。仕事で一緒に来ていたらしい三森とは駅であっさりと別れていたので、相手が三森でないことは確かだった。
ぐるぐる考えていた自分は、すごく情けない顔をしていたと思う。それをみて、ニコニコと楽しそうに笑うから、コートを脱いだ純のセーターの胸元を掴んだ。
「誰と!」
「素直な結斗は好きだな。けど、俺だって、まだ怒ってるからね?」
「それは、ごめん……なさい。約束破って、あと、最後まで話聞かないで、ごめん」
「ホントだよ。でも、もういいよ。俺も悪かったから、おあいこ」
そういって頬に口付けてくるけれど、ひっぺがしてベッドの近くにあったソファーを指差した。喧嘩の売り言葉に買い言葉、シチュエーションは最悪だったけれど、お互いにもう好きだって言ってるし、子供みたいにクリスマスケーキを食べてこのままオヤスミするつもりもない。けれど、全部聞くまでは落ち着かない。
「で、ここに誰と泊まる気だったの?」
「そんなに怒らなくても、結斗と泊まるつもりだったよ。言ったじゃん、クリスマス一緒に遊びに行こうって、こっちでバイトあったし、三森さんに先にバラされたけど、あのピアノ全部一人で調律して、結斗に聴いてもらいたかったんだよ」
「え、なんで? なら家でいいじゃん」
純の家の地下にあるピアノも純が調律しているなら、外のピアノじゃなくても同じだと思った。本気で分からない顔をしたら、呆れられた。
「結斗のこと、分からず屋って思うの、こういう時だよね……」
「悪かったな」
純に手を引かれソファーの隣に座った。
「好きな人に仕事でいいところ見せたかったんです。バイトだって、秘密にしてたのは、出来るようになってから見せて、結斗をびっくりさせたかっただけだし」
「びっくりしたわ」
一人だけ取り残されたみたいに感じて、寂しくて、焦った。
「うん、けど失敗したなって思った。もっと早く言っておけばよかったね」
「動画の件だって、ずっと一緒にいんのに秘密なんか、作んなよ。俺なんかしたかって思うじゃん」
「それもごめん。俺も結斗に同じことされて分かったよ。動画配信も最初は、三森さんの仕事に付いて行ったとき撮って貰ったのがきっかけで、まぁ、今は色んなピアノ弾けるのが楽しいからやってるけど、勉強になるし」
話せば簡単なこと。じゃあ最初からそう言えよって思う。けど思い返してみれば、昔から自分に良い所しか見せないのが純だった。ピアノが上手いのだって、結斗にその練習過程を見せていなかっただけで、きっと泣きながら必死にやっていた。一朝一夕で、あのキラキラした音を魔法のように手に入れた天才なんかじゃない。
ただ、結斗のことが大好きなだけの、ええかっこしいだ。
分かっていたのに、急に純の本当の姿が見えなくなった気がして寂しかった。
「んな小細工しなくたって、純がすごいのなんて、俺は昔から知ってるっつーの」
何年一緒にいるんだよって、怒ったら、幸せそうにへらりと笑うから、また怒った。すましてばかりの綺麗な顔しか知らない純の友達に、今のこの馬鹿っぽいやばい顔をみせてやりたいと思った。
絶対に見せてやらないけど。
「ねぇ結斗、キスしていい?」
「ッ……まだ、だめ」
「なんで? まだ幼馴染から恋人になってくれないの?」
結斗だって覚悟は出来ている。気持ちが同じなら仕方ないって。けれど、純のご両親のことを思うと、今更ながら申し訳ない気持ちもある。留守を任されているのに、口に出して言えないようなことばっかりやっている。キスとかキスとか、それ以上とか。
「ゆい、そんなアレコレ心配しなくても、今日お泊まりするの、亜希さんとうちの親に了解貰ってるよ?」
そう甘えるように可愛く首を傾げた、純のほっぺたをぐいとつまんだ。
「おい、まて、今なんて?」
「だから、亜希さんに「クリスマスに結斗と泊まりで旅行したいんですが行っても良いですか」って、一ヶ月くらい前かな」
さっと血の気が引いた。一体いつから、純は、自分とこうなるつもりだったんだろう。
「ババア、なんて言ってた」
「お前がいいって言ったら、どうぞって」
内心戦々恐々としていた。純の回答内容によっては、もう二度と家に帰りたくないかもしれない。
「お前、俺の親に何言ってくれてんの、怖いんだけど」
「どこから話せばいいかな」
聞かない方がもっと怖い気がした。
「全部」
「じゃあ、お前が、高校受験落ちた日からだけど」
「え、そんなに前」
「うん。あの日、うちに亜希さん来てたんだけど。俺、母さんたちに第一志望蹴って結斗と同じ高校行きたいって言ったんだよね。そしたら二人にすごい剣幕で怒られて」
由美子さんが怒るところがあまり想像できないし、人ん家の息子を問答無用で怒鳴る自分の母親もどうかと思う。
「……いや、あっさり第一志望捨てようとするお前もどうかと思うけど」
「それで、いつまでも一緒にいられるわけじゃないでしょうって言われて、俺は、この先も結斗とずっと一緒にいるつもりだったから「ずっと一緒にいたいから結斗をください」って亜希さんに言った」
「何回でも言うけど、お前なに言ってんの」
想像していたより百歩先をいっていた。
「そのあと亜希さんに殴られて、うちの子はモノじゃないんだけどって」
「まぁ、そうだけど、うちのババアの怒るポイントもなんかずれてるな」
「で、結局、俺が譲らないからって、父さんたちも含めて家族会議した結果。高校の間は結斗と離れて、それでも俺の気持ちが変わらなければってことで許してもらった」
高校の合格祝い。ただのいつもの両家族の食事会で、あの日、父親が純の家にいたことを不審に思っていなかった。自分が夜、純の家に行くまでの間そんなやりとりがあったなんて想像していなかった。何から突っ込めばいいのか分からない。
「なぁ、ちょっと、待て」
「ん?」
「純の気持ちが変わらない云々はいいにしても、俺の気持ちは?」
「亜希さんは、うちの結斗は、純くんいないと駄目だから仕方ないけどって」
「……じゃあ由美子さんは」
「確かに、ゆいくんは、うちの子大好きだから仕方ないかって」
ただの冗談かもしれないが、純がいないと駄目になるのは本当なので、少しも反論出来ない。せっかく親たちが作った純との冷却期間も関係なしに、あいも変わらず純に会いに行って四六時中ベタベタベタベタしていたのだから、純なしでいられないなのは、分かりきったことだった。
「それで、お前は、なんて言ったの」
「もちろん。俺も結斗が好きだし、いないと駄目になるのは同じだからって」
何でも出来て、完璧。それは、結斗の前だけ。全然、駄目人間だった。
「……本当だよ、お前、全然駄目じゃん」
「ホントにね。で、そろそろ、恋人になってくれる?」
「じゃあ、仕方ないから、なってやる」
「やっぱり王様じゃん」
「悪いか」
「ううん。悪くないよ」
そういって笑いながら、親友じゃ出来ないキスをした。
ソファーの上で、手を握りながら唇を合わせていると、好きなら好きでいいし、こんなことは別にしなくてもいいんじゃないかって思う。子供の時から、そばにいて、汚いところだってお互いに見せ合っている。
もちろん、自分だって純の綺麗なところだけが、好きなわけじゃないけれど、冷静に考えると、純は、小さいころから知り尽くしている結斗のどの辺がいいんだろうかって思ってしまう。
――だって、もしかしなくても、この前、勃ってたの俺だけじゃん?
結斗は好きだけど、別に身体は欲しくないって言われても仕方ないって思うし、逆に自分ばっかり欲しがってて、無理させてるんだったら嫌だなって思う。
「ねぇ、なに考えてるの?」
「っ……お前、のこと」
ならいいけどと言って、純は結斗を自身へ引き寄せてくる。あんなにベタベタ引っ付いてたのに、改めて目的を持って身体と身体をくっつけるのは、やっぱり少し躊躇してしまう。急に引き寄せられて、思わず反射で身体を引いてしまった。
「結斗は、俺としたくない?」
「し、たい……けど、お前って、俺の身体どうこうしたい、とか思う?」
「うん。普通に」
「普通にって、も、もう少し具体的に……どこまで? その無理してないか? だって、この前お前、別に勃ってなかったし」
「あぁ、そういう心配? 結斗がお風呂入ってる間に抜いてたよ?」
「は、マジで? 俺で勃つの?」
「そんなこと心配してたの? 人のオナニーは覗き見してたのに」
「は、はぁ?」
唐突に言われた言葉に頭が追いつかない。
「まぁ、別に見られてもいいかって思ったけど、結斗がオカズにしてくれるかなって」
「お前、もしかして、あれ、高校のとき気づいて……」
「あの状況は普通に気付くよ」
「へ、変態……なの」
「だから、言ったじゃん。俺は変でおかしいって、知らなかった? ゆいと一緒だよ」
「い、一緒にすんな! 俺は、お前なんか」
ずっと、純を自分と同じにしたくないと思っていたのに、純は、自分以上に性癖がアレだった。
「俺なんか? 好きじゃない?」
純は、結斗の顔を覗き込む。そんなふうに甘えたって絶対絆されたりしないと思った。結局、その顔で優しくされたら、全部チャラにするし自分がチョロいのは自覚済みだ。
「……お前なんか、知るかっ!」
「知らないなら、知ってよ。全部。別にもう隠したりしないから、ね」
セーターの下から純の手が潜り込み、腹部をゆっくりと撫で、その手が胸元へ伸びてきた。肌の上を滑る純の手のひらを感じて、背中がぞくぞくする。けれど、その興奮を知られたくなくて、強がって文句を言った。
「ッ、さむい!」
「じゃあ、抱いてあっためてあげるから、脱いでよ」
恥ずかしげもなく、そういうことを言う。そんなふうに倒れるギリギリまで体温を上げられる。もし倒れたら、看病してくれるんだろうけど。
「脱いだら寒いじゃん」
「ふぅん、着衣が好きなら、それでもいいけど?」
「もういいです。脱ぎます。脱ぐから、純も脱いでください」
「最初から、そう言えばいいのに。別に、結斗の裸見たからって今更萎えたりしないよ、大丈夫大丈夫」
これ以上、あれこれ言ったところで、遊ばれるだけだと思ったし、出し渋るほど大層な身体でもない。純が言う通り今更だ。純は結斗の身体なんて、もう見飽きるほど見慣れてるんだろうから。
結斗はソファーから立ち上がって、ぽいぽいと服をその辺に投げる。
もう、いいやって思った。やっぱり土壇場で純に無理って言われても指差して笑い話にしてやると思った。純に背を向けたままで、全裸になって振り返ると、同じように脱いでいた純に抱きしめられて、何か言う前に後ろのベッドに押し倒された。
(そんな、がっつくような身体か?)
切実さが募る。
「ッ、純、重い……」
純の体重が重くて、その重さが心地よかった。耳元に純の呼吸が掠めた。
「ゆい……しよ。いっぱい、今日もこれからも、大好きだから」
見飽きた身体で、こんなに喜んでくれて嬉しいと思った。心配してたけど、純もちゃんと、自分と同じように興奮してて、良かったって思った。
考えてみれば、着替えくらいはいつも見てるけど、全裸なんて見たのは、純が小学校の時以来だった。
自分の性の対象として幼馴染を意識しだしてから、無意識に見ないようにしていたのかもしれない。怖くて、申し訳なくて。こんなにも大事な幼馴染を自分と同じにしたくなくて。
高校の時に身長を抜かれた。結斗のなかで純の成長は、ずっとそこで止まっていた。
あんなにくっついていたのに、何も知らないじゃんって思った。
小さい頃は、ひょろっとしてた身体は、ちゃんとしっかりと筋肉が付いていて、想像してたよりも純の身体はずっとたくましく成長していた。
ピアノの調律なんて重労働だし、きっと頑張って鍛えたんだろうなって思った。
ふいに、涙があふれてきた。勃たなかったら、笑ってやるって思ったのに。
バカみたいにこの幼馴染が大好きだった。
「泣いてる?」
「うるさい」
「そんなに、泣いたら、俺、興奮するよ?」
「バカ」
「笑いなよ、いつものぶすっとした顔もいいけど、笑ってる方が、俺は好き」
「じゃあ絶対笑ってやんねぇ」
いいながらも笑っていた。声が興奮で震えている。純だって同じだから、もう隠さなくていいやって思った。
「じゃあ泣いて」
純は、結斗の興奮に手を伸ばし、あの夜と同じように擦ってきた。けれど、この前みたいに、抵抗なんてできなくて、欲しいばっかりだった。深く口付けを交わし、それだけじゃ足りないからと舌を絡ませる。飲み込めなかった唾液は口端を伝い、喉を伝った。
「ッ、ぁ……あ……」
「きもちいい?」
キスの合間に純はそう聞いてくる。
「んっ、き、もちいい……よ」
「じゃあ、もっと、する?」
純は、にっと熱っぽい瞳で結斗を見ると、胸元に口付け、そのまま下腹へと下がっていく。そして、ぎりぎりまで、熱を高められた結斗の中心になんの躊躇もなく口付けた。
「ちょ、まて」
「待つの?」
「お前、そんなん、どこで覚えてくんの?」
「結斗の部屋の漫画」
純はそういって笑うと、そのまま口に含んで竿の部分へ舌を這わせた。
結斗の部屋にある、そういう漫画を読んでも純はいつだって興味なさげだった。興味なさげなのに、渡した本には全部目を通していた。感想はいつも同じ「ゆいは、こんなのが好きなの?」だ。
――人の家の漫画でそういう勉強すんじゃねぇ!
「ッ! あっ――やぁあああっ」
ざらざらとした純の舌のナマの感触に、腰が勝手に動いてしまう。気持ちいいのなんて隠してもバレバレで、純は、結斗が気持ちよくなってるのをくつくつ笑いながら楽しそうに舌でいじめてくる。
「あ、あ……も、むり、むりだからぁ、口、はな、せ、でる……いく、いくから」
「いいよ? だしなよ」
「ぁ、や、やだって、や、あああああっ!」
頭を振って抵抗したけれど、純はお構い無しに、結斗が極めるまで口を離してくれなかった。
溢れた精液が、純の口から手のひらにこぼされる。あぁ、お前に見せたやつになんかそういう漫画あったなと思った。そういうエッチなことがやりたいんだと純にリクエストしたつもりはこれっぽっちもなかった。
「ッ……も……しにたい」
「死なないでよ、まだ、俺やってない」
別に、純もしたいなら、同じことをしたっていいと思った。手でも口でも、そう思って身体を起こそうとしたら、反対にベッドに縫いとめられた。
「純、俺も、するから」
「それは、今度ね」
純は、そういってにっこりと笑うと、結斗の片脚に手をかけ結斗滑りを纏った指で後孔へ触れた。
「ま、まじ……で」
「うん、いい?」
ダメじゃないと思う。けれど、純が正直そこまで、望んでいるとは思っていなかった。痛いくらい耐えてもいいけど、初めてそこを使って純を満足させられる自信はない。
「い……けど。気持ちよくなかったら、ごめん」
「大丈夫。痛かったら言って」
自分だけ、気持ちよくしてもらうつもりはないので、出来るだけ頑張ろうとは思ったけれど、怖くないと言えば嘘になる。
純の指が一本、中に入り管を探るように動く。こんなことして、純は嫌じゃないのかなって思った。
入れるところじゃないし、気持ちよくなりたいなら手とか口でした方がぜったい、気持ちいいよって提案しようと思った。熱心に内側を純に捏ねられているうちに、背中がぞわぞわして、じんわりと熱が身体に広がっていく、もどかしい感覚に戸惑った。
前を擦れば気持ちよくなるが、後ろを触られていると、物足りない刺激が発散できなくて、ずっと苦しいのが続く。一度射精しているから、すぐには勃起しないし先走りが染みるだけだった。
「ッ……ふ、ぁ……はぁ……」
「結斗、どう?」
「どう……って」
「気持ちいいとこない?」
「もう、い、いいから、純、挿れたいならいいよ、俺ばっかだし」
「せっかくなんだし、二人で良くなりたいから、もう少しがんばろ?」
それは初心者だし無理なんじゃないかなと思って、苦しいし交代しようと上体を起こした時だった。
「ッ、あ!」
がくん、と身体から力が抜ける。身体を起こした時に、純の指が触れたところから、スイッチを切り替えるように、頭の中でバチッと衝撃が走った。
「結斗?」
「あ、だめ……じゅん、ゆび、ぬ、ぬいて」
「ここ?」
「あぁ、あ、むり、もう、やぁあ」
差し込まれた二本の指を内側へ折り曲げて刺激されると堪らなかった。文字通り腰が砕けになるような甘い快感に翻弄される。萎えていた結斗のそれが、また熱を持ち始める。
「よかった、きもちいい?」
「ぁ、も、無理っ、やだぁ……もう、ま、って、きもちいの、むりだから」
「ゆい、中、入らせて」
自分の下で、悶えている結斗を見て、ぐずぐずになった後孔へ純は自身の昂りをゆっくりと沈めてきた。
「ッ、ぁあ――あ」
結斗は純の背に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きついた。
「ッ、ゆい」
「純、ぁ、あああ」
中を広げるように進むそれに、結斗は気持ちいいところを強く圧迫されて、純が結斗の最奥に辿り着くまで我慢できずに、純の熱棒を強く締め付けて極めてしまった。もっと、純に気持ちよくなって欲しかったのに、純も一緒にそのまま達してしまう。
じわじわと、純の熱が結斗の内側で広がっていく。
初めてで全然うまく出来なくて、申し訳なく思っているのに、自分の上に覆いかぶさっている、純の顔を見ると、なぜか幸せそうに笑っていた。
「っ……ぁ、ごめん、へたくそで」
「どうして? 俺は一緒にいけたからよかったよ」
「こんなので?」
「結斗が最初から上手だったら、びっくりする」
そういって抱きしめ合っていると、まぁそれならいいかと思った。確かに、純のえっちが上手過ぎてもどこで練習してきたんだって思う。
「うん、じゃあ満足」
「次はもっと、頑張ってください?」
「お前もな」
そういって笑いあった。
隣にいる純のことで知らないことはないってずっと思っていた。
考えてみれば、知ってるつもりでも、知らないことはあるし、まだ聞いてない隠し事だってあるかもしれない。
家族より長く一緒にいても、どんなに思っても、純の全部を知ることは出来ない。そのことを悔しいとか寂しいって思うのは、同じだけ一緒に過ごしてきた幼馴染だからだろうか。
違う気もした。
時間なんて関係ない。結局のところ、好きなら当たり前の感情だった。
――こんなに一緒に過ごしてきたのに、まだ知らないことがあるなんて?
前向きに考えれば、それはそれで楽しい?
「もう、寂しくない?」
純は、そんな可哀想な思考回路の幼馴染を知ってか知らずかからかうように訊いた。
自分だって同じくせに。誕生日だって数ヶ月、先に生まれただけ。
春に生まれた純と、夏に生まれた結斗。
結斗が純のことで知らないのは、純が先に生まれた年の春のことだけだって思う傲慢。
「寂しいから、ずっと一緒にいてよ」
満たされない音が、満たされる瞬間が好きだと思う。そんなお付き合いをしたい。
「うん、いいよ」
すぐ返事するなよって思った。つけあがるから。
純が自分とさえ、出会わなければと思った日もあったけれど、きっと、純は自分と出会わなければ、すごくツマラナイ人間だったと思う。
結斗が誰かの心を動かす歌を歌えるのも純がいたからだし、純が、ピアノを好きでいられたのも自分がいたからだ。
それなら良かったじゃんって思えた
花も実もある。この寒い冬の日に、純が生まれた日の春を思った。
終わり
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