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第九話 *
しおりを挟む「オメガ、なんだよな。サフィール王子。小屋の人に王家の人間は、みんなアルファだって聞いてたんだけど」
確かめるようにアーディーはそう言った。
「アーディーが、踊り子? でもオメガじゃ……え、アルファなのに」
アーディーはサフィールが横たわっている隣に腰を下ろした。
「そうだよ。アルファなのに、男なのに、俺は踊り子なんだよ。それで、サフは、王子様なのに、オメガなんだな」
「僕は……妾の子だから。オメガの母から生まれて」
アーディーは隣からサフィールを横目で見下ろしてくる。
「そうか。お前、後宮の……ハーレムの子だったのか」
アーディーはサフィールがオメガである理由が分かったらしい。
「異国から物みたいに連れてこられたオメガの姫が僕の母だ」
「へぇ、せっかく王子様に生まれたのに、苦労してるんだな」
アーディーは目を細めて苦笑した。
「けど、君は? 女なんて嘘をついて踊っているのは……その、男に抱かれたかった、とか?」
自分で口にしてみたが、違うだろうなと思った。かといって望めば大抵の欲しいものが手に入るアルファのアーディーが、オメガと一緒に踊っている理由が思いつかない。
昼間は元旅人だと言っていた。
「違うよ。あーサフには理解できないだろうけど、俺は……男として、踊りを仕事にしたいんだよ」
「男として、踊りを」
「好きなんだ。ダンスが。いつか自分の国にある劇場で、一番のダンサーになるのが夢」
アーディーの告白はサフィールにとって意外なものだった。踊りが好きだと言ったアーディーの目は、キラキラと輝いていた。
「ずっとダンスの勉強するために世界を旅していて」
「うん」
「この国に来たのは、この地方の伝統舞踊を学ぶため。彼女たちの舞は本当に美しいと聞いていたから」
そこでアーディーは、一度言葉を切った。サフィールはアーディーの話の続きが早く訊きたかった。
ベッドから体を起こし、身を乗り出すような体勢でアーディーの前に座る。
「それで」
「ん、あぁ、この国に限ったことじゃないけど、多くの国では男が舞で食っていくのは、難しいんだよね。男で踊っていると馬鹿にされたりもするし」
「え、そんなの」
否定を口にしたが、世界を知らないサフィールも同じように感じていた。初めは、どうして男の踊り子がいるんだろうと思った。ただアーディーは、性別なんて最初から気にしていなかった。
そんな強かに生きているアーディーが気になって仕方なかった。
「このアバラダ国にいたっては、馬鹿にされる以前に、男は踊らない国だ。美しさに男も女も――第二性も関係ないのになぁ」
サフィールは少し寂しい気持ちになり、こくりと頷いた。
「でも、俺は諦めたくなくて。勉強のために、この国一番って聞いた踊り子の小屋に行ったんだけど。俺、オメガで女じゃないだろ? だから、仕方なく、この女装って訳」
「そう、だったんだ」
「まぁ女装は面白かったし、それなりに楽しんでた。小屋の女の子も喜んでたし」
アーディーは、そこで言葉を切ると、眉を寄せた。
「ま、ある程度予想はしてたけど、やっぱ小屋の主人は女装するって言っても後宮で踊るのは渋ってさ。ハーレムに行きたいならって交換条件を出された」
「え、条件? なんで、踊るだけなのに?」
「ま、そりゃ普通に考えてリスキーだろ。性別偽ってハーレム出入りして、バレたら罰せられるし」
「あ……」
確かに男を王宮の秘められたハーレムで踊らせるなんて、下手をすれば小屋の主人まで罪に問われてしまう。
「その、じゃあ対価、って」
「アルファの体」
アーディーは隣で天を仰ぎ、苦々しい顔をした。
「オメガは発情期が来たら仕事が出来ない。抑制剤は高価だし効かない子もいる。踊り子の小屋にアルファがいると、それなりにメリットがあるんだよね。この国のアルファのほとんどは、王宮の人間だし番なんて滅多に得られない、だから俺は……」
詳細を言わなくても、純粋に異国で踊りを学びたいと願っていた彼が、足元を見られたのは分かった。
それが彼にとって不本意だったのも。
迫害されているオメガの身分は一生を他人の慰み者として生きるしかない。
王家に出入り出来るオメガの踊り子は、まだ恵まれている方だ。
運が良ければ王家のアルファに相手してもらえる。
けれど、そうでなければ発情期になれば働けなくなるし、高価な薬が手に入らなければ、その人はヒートが終わるまで一人で苦しむしかない。王宮で生きている自分でさえ、生きづらい思いをしているのだから、きっとサフィール以上に踊り子の娘たちは日常的に苦しんでいるはずだ。
「幻滅するよな。こんな取引したこと」
サフィールは首を横に振った。
「俺はアルファの自分の体なんて、どうでもよかったし、無価値だと思ってたから。そんなモノでよければって」
昼間アーディーは、なんの躊躇もなく発情で苦しんでいたサフィールの相手をしてくれた。
それはアーディーにとって、苦しんでいるオメガに手を差し伸べるのが当たり前だったからだ。けれどサフィールはアーディーを軽蔑出来なかった。少なくとも自分は、アーディーに抱かれて救われたから。
彼に出会わなければ今頃、暗い部屋に一人閉じ込められていたか、あるいは父から望まない形でアルファの相手をあてがわれていただろう。
「俺さ、旅に出たとき第二性以外の自分の価値が欲しいって思っていたんだよね」
「自分の、価値?」
「そ、アルファだから無条件に素晴らしいとか、認められるってさ、やっぱり悔しいし、悲しいだろ。人が人に惚れる理由がそれだけって。人間には、もっと他の価値だってあるのに」
「アーディー」
「でもアルファ以外の自分の価値を見つけるって難しいよな。――結局、俺もアルファ性を使って欲しい立場と物を手に入れている」
夢を叶えるためと、自分の第二性を使ったことをアーディーは悔いているようだった。
「後から気付いて嫌な気分になったな。一体何のためにダンサー目指して勉強してるんだよって」
アーディーは小さく息を吐いた。
「自分の国の劇場で舞を見たとき自分のやりたいことは、これだって思った。踊りなら、世界を変えられるって、俺、そんな気がしたんだ」
アーディーは人には笑われても、普通じゃなくても。欲しいと思ったから、求めずにはいられない。そんな憧れに出会った。それは幸せなことだと思う。
そんな彼をアーディーは眩しく思った。
「ま、夢だよ。踊りで世界を変えたいって言っても、結局サフが俺に興味を持ったのだって、俺がアルファ性だからだ」
アーディーは目を伏せた。
「え……」
「――本当、踊りで世界を変えるとか言ってるけど、現実は厳しいよな。オメガはアルファに無条件に惹かれる」
「ち、違うよ!」
サフィールは思わず大きな声を出して、アーディーのドレスの胸元を掴んでいた。
「え……違うって? あぁ、別にサフを責めているわけじゃない。オメガがアルファに惹かれるのは当たり前なんだ。何も恥ずかしいことじゃないよ。――呼んでくれて嬉しいよ王子様」
にこりとアーディーはサフィールに微笑みかける。
そう当たり前の性をアーディーに教えられてサフィールは救われた。けれど、今はそれだけじゃなかった。
サフィールは、アーディーとの出会いを奇跡のように感じている。
「だから、そう、じゃなくて」
「ん?」
上手く言葉を見つけられなくてもどかしかった。サフィールはアーディーに出会って世界が変わった。
昨日と今日で違う世界にいる。同じ王宮の中にいるのに。
長い間大人になんてなりたくないと思っていたし、オメガの自分を受け入れたくなかった。
自分がアルファなら良かったのにと思ったこともあった。
けれど、違う価値観と外の世界を知った。アーディーに出会って、夢物語みたいな運命を予感した。
「僕だけ、だったんだ。僕だけが気付いた。初めて出会った、あのとき」
「あのとき?」
アーディーは首を傾げる。
「僕にとって、アーディーは、特別なんだ」
「とく、べつ?」
アーディーは目を丸くしてサフィールの顔を見ている。
「昨日、アーディーが踊っているのを見て、初めてだったんだ。あんなに素晴らしい舞をみたのは。かっこよくて、アーディーの姿しか見えなくて。他の人なんて、ただの布切れだったのに」
サフィールは真っ直ぐに気持ちを伝えていた。
「アーディーが、僕の運命の番ならいいのにって思った」
「……運命」
「アーディーの舞が好きなんだ。もっと、見たいって、また会えたらって、ドキドキして昨日は中々眠れなくて、この世界で、アーディーの舞だけが輝いて見えたんだ」
「……うん」
「薬、ちゃんと飲んでたのに、アーディーの舞に興奮して、発情期になりそうで、怖くて。もっとアーディーのことが知りたかった」
サフィールが伝え終わると、突然アーディーは頬を赤らめ、口元を抑える。
「あ、アーディー?」
「なぁ……それ、本当か」
アーディーは小刻みに震えているように見えた。
「う……うん」
「オメガの抑制剤、切れてたとか?」
「ち、違う。だって、アーディーのことオメガの男の踊り子だって思ってたし。アルファだって思ってなかった。今は、ちゃんとアーディーがアルファだって分かるけど、それだって……」
サフィールが言いかけると、突然アーディーの胸に抱きしめられていた。ふわり、と酒の匂いに混じって、オアシスに咲く花の甘い匂いがした。
「それさ、さいっ……こうの、口説き文句だな」
「え、く、くど……き」
「昼間も思ったけど、ホント可愛いな。サフ」
「ッ」
じっと瞳を真摯に見つめられ、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「王子様なのにね。何も知らなくて、すぐに赤くなって」
「あ、アーディー?」
「俺も初めてだよ。発情とか関係なく、こんなに誰かを抱きたいって、思ったのは。心から愛しい」
サフィールが驚いて反射的に後ずさると、後ろはヘッドボードで追い詰められてしまった。
背中が当たった瞬間、油灯の明かりがゆらりと妖しくゆらめいた。
アーディーは、嬉しそうにじりじりと近づき、熟れた果実のように真っ赤になっているサフィールの顔を覗き込む。
「命じて頂けますか。王子様」
悪戯な笑顔に、白い八重歯が見える。
「ぁ、め、命じるって」
「あれ、おかしいな。王子様が寝所に踊り子を呼ぶって、そういうことだろう?」
「ッ、ぅ」
「――違う? したくない、俺と楽しいこと。朝まで」
「わ……わるい人、だ」
「悪い人は嫌い?」
昼間オアシスの泉で出会ったときと同じ。楽しげで、少し揶揄うような表情をしている。
どくどくと深く心臓が脈打った。濃い、アルファの匂いをアーディーから感じる。それを嬉しいと思った。ちっとも怖くない。
「命じられなければ、何も出来ないなぁ、サフ」
誘うように、額へ、頬へ優しく口付けられる。我慢なんて出来なかった。心から目の前のアーディーとの繋がりを願っていた。
「ぁ……えっ、あの、と、伽を」
消えるような、声で欲しがった。
「――はい。喜んで、仰せのままに、愛しい人」
アーディーは着ていた自身のドレスを床に脱ぎ捨てる。美しく筋肉の乗った薄褐色の肌が露わになった。サフィールはアーディーの体をその場で陶然と見つめていた。
「ぁ」
至近距離で見つめ合うと、誘うような目をして親指で唇に触れられた。
「ん、キス」
「ッんんっ」
頭を傾げ、そのまま深く呼吸を奪うように口付けられた。厚い舌で歯列を破り舌を絡め、大人のキスを教えられる。一瞬で身体が切なくなった。
「あ……んっ……ふぁ」
「初めてなのに、上手、だな」
舌がねっとりと絡み、口づけ一つで体が蕩けていた。
「んっ……」
前開きの薄物の間から大きなアーディーの手のひらが入ってきて、そのまま着物はシーツの上に落とされる。
触れられたところ全部が熱を持っていた。
体がじわじわとアルファのフェロモンに反応して、発情していった。後孔が夥しい蜜をこぼし始めているのを感じた。
「あぁ、いい匂い。サフ。オメガなんて、みんな同じフェロモンの匂いだと思った。サフィールのは特別だね」
「とく、べつ……」
「あぁ、特別だよ」
首筋にアーディーの唇が当たった。唇が、そのまま胸元へ滑っていく。オメガとしての特別なんて何の価値もないと思っていた。アーディーがアルファの体を無価値だと思っていたように。
けれど今はアーディーに特別と言われると嬉しくてたまらなかった。
「っ、ど、どんな匂い、なの。僕の」
「ん、ミルクみたいな、甘い匂い、それに、サフに触れると、何だか優しい気持ちになるよ」
サフィールは、アーディーに触れられると際限なく甘えたくなる。向かい合ってキスをしていると、それが許されているような気持ちになった。ずっと王宮でひとりぼっちだった。母を亡くした後は、誰かに甘えるなど出来なかった。
「なぁ、俺は、どんな匂いがする? サフ」
蕩けた金色の瞳で胸元から見上げられた。片方の胸の尖りを音を立て吸われる。もう片方を指先で捏ねられると、猫の子のように鳴いてしまった。
「ひ、ぁあっ」
「かわい」
その反応をアーディーは喜んでくれた。
抱きしめられて、近くでアーディーのフェロモンを感じるたび自分が蝶々にでもなった気持ちになる。もっと、その花の蜜が欲しくてたまらない。
「水辺に咲く、花みたい、だよ……ぁ…アーディー」
「へぇ、いいね」
胸元を愛撫されながら、再び、深く唇を重ねられた。ベッドで向かいあう形でしていた口の交わりは、次第に唾液をこぼし激しさを増していった。
ぴったりと隙間なく抱き合い。体同士がくっついていた。
泉で交わったとき同じように彼の優しい匂いを感じていた。あの時よりアーディーの存在を近くに感じる。それが嬉しかった。
サフィールはアーディーに手を握られて、そっとベッドに押し倒された。
「サフの瞳……綺麗だな。あのオアシスの泉と同じ色だ、きらきらして、透き通る青」
「あ……んんっ」
胸元を優しく愛撫していた手が下腹へと滑り、蜜でどろどろになった下着を取り払われた。直接熱に触れられた途端、背中から腰にかけて甘い疼きが走る。
「ぁッ、アーディー」
「ん?」
上から見つめられながら、欲蜜で熟れた性器を何度も愛撫される。敏感になっている先を擦られるとたまらなくて、甘い声で誘うように名前を呼んでいた。
「あ、ぁっ、あああっ! あ、アーディー」
幼い興奮を育てていた手は、蜜が伝う後へ向かう。
「っ、んっ」
「気持ちい?」
期待に喉が鳴った。
「今度は、ここも、可愛がってもいい? サフ」
進んだ先の蕩けた蜜壺に触れられた。
「ぁ」
「大切な人以外に許してはいけないから。繋がれば、きっと止められなくなる」
真摯に見つめるアーディーの瞳に、気持ちは急く。欲しくてたまらない。
一番深いところが彼を求めていた。
「あ、大事、な人、だから。アーディーが、アーディーだから、欲しいよ」
こくこくと頷くと、アーディーの中指が奥へ沈む。何度も内壁を可愛がられる度に足先がピクリと小魚みたいに跳ねた。
「んっ、ふぅ……う」
何も知らなかったのに、体はそこで気持ち良くなると知っていた。勝手に身体が求めのままに動いてしまう。
「誘われているみたいだな。なか動いている。可愛いよサフ」
指だけじゃ切なくて、サフィールはアーディーの背中に腕を回す。興奮で汗ばんだアーディーの体が愛しい。
「ぁ、アーディー」
「あぁ……」
本能で欲しがっていた。この先を。繋がりを。
「サフ、サフィール。お前が欲しい」
内壁の内側、興奮で硬くなっている部分を指で押し込まれるとたまらなかった。
「んっ、ぁ! あああっ!」
激しく内側を指で刺激されるたびサフィールは溢れる快楽に嬌声を上げていた。
「サフ、俺と、番になってくれる?」
興奮に赤らんだ頬で、アーディーは伺うようにサフィールの顔を見下ろした。
「ぁ……ほんと、に」
「あぁ」
「う、嬉しい」
美しい獣のようにしなやかな身体に、しっかりと抱きしめられる。
昼間、泉でアーディーは、アルファとオメガの番同士の繋がりなんて欲しくないと言っていた。
それでも運命と出会った瞬間、お互いに片割れを求めずにはいられなかった。一人の人間として求められる嬉しさで頬に涙が伝う。
「僕も、アーディーと番になりたいよ」
アルファだからじゃなくて、美しい彼の舞がきっかけで繋がれた縁だったから、自分の今の気持ちが本心だと感じられる。
彼が運命だと思えた。こんな幸せをサフィールは知らない。
アーディーは我慢できないみたいに、サフィールの唇を自身の唇で塞いだ。
「っ、んんっ」
「愛しているよ」
「あ、アーディー」
お互い、息をつく間も無く舌を絡めながら求め合っていた。
最奥をアーディーの熱杭で穿たれ、体を上下に揺さぶられる。
「ぁ、あああっ」
「ッ、サフ……」
「あ、あ、ああっ」
シーツの上でうっとりとアーディーの蜂蜜色の瞳に見惚れていた。
「アーディー、噛んで……欲しいよっ」
「サフ……」
「お願いっ、もう……」
サフィールはアーディーの背に手を伸ばし、夢中で背に爪を立てていた。
奥を突かれながら、切ない声で誘うように、アーディーに首筋を差し出した。
「ッ、あぁ、好きなだけ欲しがっていい。サフィールが運命だ」
うなじを噛まれると頭の芯が甘く痺れた。
後孔に感じるアーディーを無意識にぎゅっと引き結んで、離れたくないと体が訴える。
過ぎた快感で体を震えていた。
「あっあああっ!」
「気持ちいいな、サフィール」
「ん……んっ」
うなじを噛まれた瞬間、鎖で体と体を縛られたような心地がした。
「愛している」
逞しい胸に抱かれながら、離れたくない。離れられないと本能が訴えていた。
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