あの夜の過ちから

誤魔化

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サンドウィッチの誘惑

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 「相変わらずの冷酷魔王っぷりだな~」

 騎士2人から背を向けて歩き出した数秒後に、大柄な男に突然肩を組まれる。

 「…これはこれは、ラルフ=セン=ノイバウアー副隊長殿、何か御用でしょうか?」

 アルノルは背後から回ってきていたその人物の顔を確認した後、社交向けの作り笑顔を作って返答する。

 「あ?なあ、まだ怒ってんのか?その気持ち悪い笑顔やめろよ~、…でも俺に笑顔向けるの何気に初じゃねぇか?」

 この男は学生時代からの付き合いで、仮面舞踏会を知るきっかけになったのもこの男だ。以前はその大柄で筋肉質な体躯と端正な顔によって、様々な貴婦人と関係を持ってきた遊び人だが、これでも今は妻子持ちの一途な男である。
 アルノルは笑顔を引っ込めて舌打ちをし、その腕を振り払おうとするが、力では敵わないことを考え直して、その硬い腹に軽く肘でどつく程度に収める。

 「…退けろ暑苦しい。それと、何が冷酷魔王だ。貴族としての義務だろう」
 「またまた~、あんなに瞳孔開いてたのに、よく言う」

 どこから見ていたのか、というツッコミをしても余計に疲れるだけだと考えて、アルノルは不快気な表情を向けた。

 「…そんなに暇なら、新人騎士の教育くらいしたらどうだ」
 「えー、俺ウィザロ騎士団の制服なんか月に数回見るか見ないかだぜ?部下でも無いのに無茶言うなって」

 こいつはウィザロ騎士団とはまた別の騎士団の副団長だ。アルノル自身見当違いな八つ当たりをした自覚はあるが、何ぶんこの男に苛ついたものだから仕方がない。

 「そんなもの分かっている」
 「はは、で、あいつらは何をやらかしたんだ?やっぱ殿下関係か?」
 「皇族侮辱だ。お前の方からもアドゲイとレディセルの減給処分には口を回しておけ」
 「おわ、名前まで覚えてんのか。こわいこわい」

 まるでアルノルがヤバイ奴のような言い草で肩を抱きしめて震える演技をするラルフに、アルノルの眉間のシワが深まった。

 「先日の仕事で名簿に目を通す機会があっただけだ。偶然に過ぎん」
 「ふーん、まあ、友の頼みだからな、減給処分くらいなら掛け合うぜ」
 「…手心は加えんようにな」

 立ち止まって話していたが、ゆっくりと食堂に向かって2人で歩みを進めていく。

 「ははっ了解、てか今日はいつにも増して機嫌が悪いな。最近は発散できてんのか?」
 「つい数日前に行ったばかりだ」

 主語はないが、仮面舞踏会のことであると分かるので、そのまま返答する。

 「その割には疲れきった顔してっけど、たちの悪いのにでも当たったんだろ」
 「…まあ、ある意味、最もたちの悪い奴だな」
 「それはまた…、まあ、どんまいってやつだ」

 無駄に力が強いくせに、ラルフは、運動など無縁なアルノルの背中を容赦なくバンバンと叩く。

 「あ、昼めし一緒に食べようぜ!今日はハンナちゃんも来るって言ってたし、久しぶりに3人でさ」
 「遠慮しておく」

 在学時代は、アルノルの親戚だったハンナという令嬢も加えて、このラルフとアルノルの3人でよく昼食を取っていた。とは言っても嫌な顔をするアルノルの周りに2人が寄ってきていただけなのだが。

 「まあそう言わずにさ、ハンナちゃんとも最近はあんま会ってねぇんだろ?寂しがってたぞ?」
 「お前が構ってやれば十分だろ」
 「冷たいなー」
 「俺は忙しいんだ。職場で親族に会っている暇なんかない」

 ハンナは、アルノルの叔父の元に養子に入った娘だ。アルノルと血の繋がりは無くとも、能力があり尊敬すべき所の多い叔父の家族なので、定期的に顔を見合わせる機会がある。当然大きく無碍になどは扱えないのだが、アルノルは鈍感な質では無く、いつ頃からかハンナが自身に向ける視線に恋情が籠もっていることに気づいてからは、少しずつ距離を開けていた。

 「あ、でも、ハンナちゃんまた出世したんだってよ、少しくらい褒めてやればいいのに」
 「…おめでとう、と伝えておいてくれ」
 「うーわ、やだやだこの男。あんなに健気に慕ってくれる子に対して、贈り物どころか直接祝いもしないのかよ、クズめ、寝れる奴にしか興味のないクズめ…」
 「お前が言うなよ。それから気付いてたんなら距離開けてんの空気読め」
 「今の俺は妻一筋です~。恋する乙女の応援隊なんです~」

 口元を窄めて更にウザったらしい表情を作るラルフに、アルノルが絶対零度の視線を向ける。

 「おお、怖。……あーあ、今日は折角3人分のマリアのサンドウィッチが手に入ってんのに」

 ラルフがそう言った瞬間、歩いていたアルノルの足がピタリと止まる。

 「…おい、それを早く言え」

 ”マリアのサンドウィッチ”という単語が出た瞬間にアルノルの眼光が鋭くなった。
 マリアとは城に勤務する、食堂の料理長の娘である。そして彼女の秘蔵のレシピで作られたサンドウィッチは、食に興味のないアルノルでも夢中になるほどの天にも登る美味しさなのだ。
 しかし個人が作っているものなので、当然数量は少ないし、誰もが焼ける時間ピッタリに殺到するため、アルノルでも滅多に食べられない。濃厚で味わい深いソースは、風の噂で卵や酢を使って作られていると聞いたが、それを再現しようとした誰もが、未だその味に追いつけないでいる。
 そして、そんなサンドウィッチをコイツラルフが手に入れたらしい。

 そんなもの行くに決まっている。

 アルノルは一瞬でサンドウィッチの誘惑に陥落した。

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