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Runaway 37
しおりを挟むただの一度も、考えたことなど、ない、こと、だったのだ。ラルフが何故、自分に良くしてくれるのかを疑問に思いながらも、兄弟である、などということは、ただの一度も考えたことが、なかった。
「エドウィンドと同じように、私も弟を手放したくなくなり始めていた……。血の繋がっていない弟でも可愛いのに、血の繋がった弟が可愛くないはずもない。――もっとも、兄弟と言っても、私は君の母親よりも年上だろうが、な」
ラルフは、苦笑のように、唇を歪めた。
腹違いの兄弟――。
今までの心地よさは、その血の繋がりがもたらしてくれたものだったのだろうか。
国龍が必要な時、いつもラルフが側にいてくれたのは、その血の繋がりが呼んだものだったのだろうか。
気がつけば、ラルフはいつも側にいたではないか。国龍が足の骨を折った時も、一番蒼くなっていたのは、ラルフ、だった……。
「ぼくは……あなたを尊敬する。兄として、人間として――。あなたを愛している、ラルフ……」
国龍は、それを別れの言葉にするように、ラルフの首に抱きついた。
広い胸が、逞しい腕が、すっぽりと背中を包み込む。
人はいつも、たった一つしか選べないのだ。
父親に息子として認めてもらえなかったラルフが、人間として認めてもらう道を選んだように、国龍もまた、選び取らなければならない岐路に立っている。
「もうここには戻らない……」
国龍は言った。
「……ああ。期待を持たされて、待ち続けるよりは、気の利いた言葉だ」
「強がりだな」
「フッ……。そういう風にしか生きられないのさ」
その日が、二人が兄弟として過ごした、最初で最後の夜だった。
最後であると解っていたからこそ、ラルフも兄弟であることを告げたのだろう……。
ドアは、呼び鈴を鳴らして五分後に、やっと、開いた。
「また君か」
と、エドウィンドがあからさまに顔を顰め、ドアの前に立つ国龍の姿を見下ろした。
「今日は話し合いに来たんじゃないんだ。水龍を奪いに来た」
「奪いに?」
「ああ。失礼するよ」
そう言って、国龍はツカツカと部屋に入り込んだ。
「待――っ」
「水龍! ぼくだ、水龍!」
と、エドウィンドの驚愕もよそに、その名前を呼んで奥へと向かう。
水龍は、奥のベッド・ルームで、きょとん、としていた。そして、国龍の姿を前にすると、手に持つ写真集と見比べて、さらに瞳を戸惑わせた。
今の水龍には、写真集の中の人物が目の前に現れた、ということしか頭にないのだろう。きっと、自分が何故、その写真集に惹かれていたのかも、解ってはいないのだ。
「やっと……逢えたね」
国龍は言った。
「ぼくは君の――」
「マーニに余計なことを話すな! 彼は私の弟だ」
エドウィンドが、水龍の前に立って、言葉を遮る。
「言っただろ……。ぼくは水龍を奪いに来たんだ。もう、あなたには譲らない」
「――」
「あなたは確かに水龍を大切に育ててくれた。水龍はとても幸せだったと思う。もし、水龍がぼくのことをこれっぽっちも覚えていないのなら、ぼくも水龍を奪おうとは考えなかったかも知れない。でも、水龍はぼくの写真集を大事そうに持っているんだ。あなたがいても、水龍には充分じゃないんだ」
「そんな勝手な解釈を――」
「あなたに解ってもらおうとは思わない。水龍に選ばせる積もりもない。これは、ぼくたちが生まれる前から決まっていたことなんだ。水龍はぼくの半身だと――。決して手放してはいけない存在だと――」
「ふざけるなっ!」
エドウィンドのこぶしが、国龍の横っ面に、炸裂した。
「く――っ!」
激しい衝撃に、頬が焼け付く。
国龍はその勢いをまともに受け、床の上に吹き飛ばされた。
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