幸せの椅子【完結】

竹比古

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Runaway 7

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 それから国龍は、何度もその日の夢に魘され、その内の何度かは、水龍の声で起こされた。
「国龍、国龍、だいじょうぶ? また、あの夢?」
 心配げな水龍の眼差しは、同時に途方もなく腹立たしいものでもあった。自分がこんな思いをし、水龍が働けない時は、二人分の仕事をしているのに、という憤りのためだったかも、知れない。
「さわるなよっ!」
 そう言って、水龍の手を振り払ったことも、あった。
 そして、ケンカになるのだ。
「あれは、国龍が自分でやる、って言ったんじゃないかっ。ぼくはやめた方がいい、って何度も言ったのにっ」
「おまえがいなけりゃ、あんなことはしなくても良かったんだ!」
「そうやって、国龍はいつもぼくのせいにばかりするんだっ」
「本当におまえのせいなんだから当然だろ。おまえなんか連れて来なけりゃ良かった。さっさと売られちまえば良かったんだよっ」
 平気で、お互いを傷つけるようなことも、言い合った。
 それでも、国龍にも、水龍にも、互いの存在だけが、心の拠り所だったのだ。同じ時に、同じ場所で生まれ、ずっと一緒に育ち、その互いの分身が、一番大切なものだった。
 双子の兄弟とは不思議なもので、多分、互いの存在は、母親よりも大切なものだっただろう。
「……ごめんね、国龍。ぼく、ちゃんと働くから……」
「……」
「最近、ずっと熱も出ないし、これからも出ないと思うし――。きっと、薬がいいんだと思う」
「……薬?」
「うん。最初にここに来た日に、鼻水かけたおじさんに、もらった。よく効く薬だから、って――」
「バカっ! そんなもん受け取るから、借金がへらないんじゃないかっ。このマヌケ! チビっ」
 チビはお互い様である。
 それに、借金が減らない理由は、きっとそれだけではなかっただろう。どんなに働こうと、計算が出来ない二人には、その差し引きさえ出来なかったのだ。それに加えて、利息、という訳の解らないものまでついている。それが大きな原因だったのだ。
 そして、そうして絞り取られている人間が、ここには何人もいることも、二人には解らないことだった。
 結局、寒波が通り抜ける季節になっても、暖かい風が吹く頃になっても、二人の借金が片付く見込みは、全く、なかった。
 夏がくれば、九つになる――そんな日も、もうすぐそこまで近づいていた。
 あの日の痛みは、国龍にはもう思い出せなくなっていたが、それが凄まじい痛みだったことは、夢を見るまでもなく、確かな恐怖として残っていた。
 そのせいかどうかは判らないが、幼い日の記憶を、国龍は、水龍ほど鮮明に思い出すことが出来なくなっていた。
 こんなことがあったね、と言われても、そのことを覚えていないのだ。
「逃げよう、国龍。ここから逃げよう」
 驚いたことに、そう言って話を持ちかけて来たのは、普段、国龍に頼りっぱなしの、水龍の方だった。もちろん、目の前に迫った〃客を取らされる日〃に脅えていたのだろうが、いつも『国龍が行くのなら、ぼくも行く』『国龍がそうするのなら、ぼくもそうする』と言っていた水龍のものとは思えないほどに、大胆、且つ、不敵な言葉だった。
 その日の内に、二人は逃げ出す決意を固めていた……。



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