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アルカナの落とし穴
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ミイラの眼窩は、アザミを見ていた。
――まさか、アザミの手から、【DEATH】のアルカナを奪うために?
アザミの脳を操ろうとしている――。
郡司は、脳裏をかすめたその考えに、止めようと足を踏み出した――のだが、ミイラがカードを擦るのには、ほんの一秒もかからない。
真っ黒に乾いたミイラの手が、悪魔の描かれたアルカナを撫でる。
藤堂も、郡司と同じ考えに至ったのか、同様に足を踏み出していた。
だが、止めることが出来ないのも同じである。すでにアザミの脳内には、ミイラの干渉があるに違いない。
誰もがそう思い、アザミの次の言葉を待っていた。
だが――、
「あら、変ねぇ。私が支配されるのかと思ったのに」
何ら変わりない様子で、アザミが言った。
「何ともないのか?」
郡司も藤堂も、腑に落ちないのは、アザミと同じ。
そして、一番驚いていたのは……。
「まひゃか……!」
アルカナを擦ったミイラ自身――。
手の中のアルカナは、確かに他人の脳に干渉できる【THE DEVIL】のカードである。それなのに、何の神秘ももたらさないのだ。
――いや。
空間の一部が歪ゆがむように、【THE DEVIL】のアルカナの周囲の屈折率が変わった。まるで、アルカナの中から何かが滲み出すように、ゆらゆらと空間の歪ひずみが広がって行く。
「何だ?」
「何が起こったんだ?」
誰もが、目の前で起こる奇異な現象に、訳が分からず戸惑っていた。
アルカナの中から滲み出した何かは、すでに人ほどの大きさになっている。空間の歪みのようなその現象は、誰もが動けずにいる内に、歪みを正して人の姿を明確にした。
もしかするとそれは、アザミが脳を操作されるよりも、危険なことだったかも知れない。
「やっと出られたか」
アルカナの中から出て来たとしか思えない老人は言った。――いや、老人ではあるが、弱弱しい感じは全くない。むしろ、上半身裸で、下半身だけ履物を身に付けているその姿は、エリファス・レヴィが描いたバフォメットのように禍々しくさえある。ヤギの角や黒い翼があるわけではなかったが、善いものではあり得ない何かを感じさせた。
「なんひゃい、ほまへは……!」
ミイラが言うと、
「ほう。おまえが欲深く【THE DEVIL】を使い続けた愚か者か」
現れた老人は、ボキボキと指を鳴らして、車椅子のミイラを見下ろした。どう見ても友好的な態度ではない。それに――。
――使い続けた愚か者……?
その言葉の方が、今の郡司には気になっていた。
「礼だ。受け取れ」
老人の腕が持ち上がり、ミイラの頭上に振り下ろされた。それは、予期せぬ出来事でもあり、誰もが動けないままに、ミイラの頭がグシャリと音を立てて陥没するのを眺めていた。
「ひっ」
誰かが悲鳴を上げたが、郡司は声を上げることすら出来なかった。恐ろしいほどに鼓動が速まり、嫌な汗が噴き出していた。そして、頭の中には、死神が見せた全員の死の場面が甦っていた。
ドスン、と通訳の男が腰を抜かし、ミイラの脇に尻もちをつく。
「ちょっとぉ、聞いてないんだけど、こんなこと……」
アザミの小さな呟きが耳に届いた。
離れた椅子では、アヤメが自分の手持ちのカードを確かめるように、片手をポケットに差し込んでいる。
藤堂は、と言えば、今にも腕まくりをして飛び掛かりそうな雰囲気で、シバにズボンの裾を引っ張られている。
そして、ミイラの陥没した頭が元に戻った。
――まさか、アザミの手から、【DEATH】のアルカナを奪うために?
アザミの脳を操ろうとしている――。
郡司は、脳裏をかすめたその考えに、止めようと足を踏み出した――のだが、ミイラがカードを擦るのには、ほんの一秒もかからない。
真っ黒に乾いたミイラの手が、悪魔の描かれたアルカナを撫でる。
藤堂も、郡司と同じ考えに至ったのか、同様に足を踏み出していた。
だが、止めることが出来ないのも同じである。すでにアザミの脳内には、ミイラの干渉があるに違いない。
誰もがそう思い、アザミの次の言葉を待っていた。
だが――、
「あら、変ねぇ。私が支配されるのかと思ったのに」
何ら変わりない様子で、アザミが言った。
「何ともないのか?」
郡司も藤堂も、腑に落ちないのは、アザミと同じ。
そして、一番驚いていたのは……。
「まひゃか……!」
アルカナを擦ったミイラ自身――。
手の中のアルカナは、確かに他人の脳に干渉できる【THE DEVIL】のカードである。それなのに、何の神秘ももたらさないのだ。
――いや。
空間の一部が歪ゆがむように、【THE DEVIL】のアルカナの周囲の屈折率が変わった。まるで、アルカナの中から何かが滲み出すように、ゆらゆらと空間の歪ひずみが広がって行く。
「何だ?」
「何が起こったんだ?」
誰もが、目の前で起こる奇異な現象に、訳が分からず戸惑っていた。
アルカナの中から滲み出した何かは、すでに人ほどの大きさになっている。空間の歪みのようなその現象は、誰もが動けずにいる内に、歪みを正して人の姿を明確にした。
もしかするとそれは、アザミが脳を操作されるよりも、危険なことだったかも知れない。
「やっと出られたか」
アルカナの中から出て来たとしか思えない老人は言った。――いや、老人ではあるが、弱弱しい感じは全くない。むしろ、上半身裸で、下半身だけ履物を身に付けているその姿は、エリファス・レヴィが描いたバフォメットのように禍々しくさえある。ヤギの角や黒い翼があるわけではなかったが、善いものではあり得ない何かを感じさせた。
「なんひゃい、ほまへは……!」
ミイラが言うと、
「ほう。おまえが欲深く【THE DEVIL】を使い続けた愚か者か」
現れた老人は、ボキボキと指を鳴らして、車椅子のミイラを見下ろした。どう見ても友好的な態度ではない。それに――。
――使い続けた愚か者……?
その言葉の方が、今の郡司には気になっていた。
「礼だ。受け取れ」
老人の腕が持ち上がり、ミイラの頭上に振り下ろされた。それは、予期せぬ出来事でもあり、誰もが動けないままに、ミイラの頭がグシャリと音を立てて陥没するのを眺めていた。
「ひっ」
誰かが悲鳴を上げたが、郡司は声を上げることすら出来なかった。恐ろしいほどに鼓動が速まり、嫌な汗が噴き出していた。そして、頭の中には、死神が見せた全員の死の場面が甦っていた。
ドスン、と通訳の男が腰を抜かし、ミイラの脇に尻もちをつく。
「ちょっとぉ、聞いてないんだけど、こんなこと……」
アザミの小さな呟きが耳に届いた。
離れた椅子では、アヤメが自分の手持ちのカードを確かめるように、片手をポケットに差し込んでいる。
藤堂は、と言えば、今にも腕まくりをして飛び掛かりそうな雰囲気で、シバにズボンの裾を引っ張られている。
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