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異世界のカード
しおりを挟む「おまえが車の中で話したことは全て聞いている」
ミイラ――御館様の通訳係の男は言った。
なら、もう訊くこともないだろう、と思えるのだが、相手はそうは思っていないようで、
「御館様は、元通りの体を取り戻すため、【THE SUN】の【アルカナ】を捜しておられる」
元通りの体……ということは、ミイラになる前の体、ということだろうか。
となると、太陽が描かれた【ⅩⅨ】のアルカナは、治癒能力を有しているに違いない。天秤宮の【JUSTICE】のサイトで、そのような能力を目にした覚えがある。そんな能力があれば、この世に医者は不要になる、と思ったことを覚えているから、まず間違いないだろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ――。俺が――僕が持っていたのは、星のカードで、その人が欲しがっている太陽のカードのことは何も知らない」
もしかすると勘違いをしているのではないか、と思い、郡司は慌てて言葉を被せた。
すると、
「誰もおまえが持っているとは言っていない」
「あ、そうですか……」
と、拍子抜け。
では、何故、郡司がここに連れて来られたのだろうか。
「おまえが【THE STAR】のアルカナを渡した、あの男――」
――渡したのではなく、盗られたのだが。
「あの男は、こちらの世界ではないある処から、【アルカナ】を盗み出した女の仲間だ」
通訳係の男は言った。
――こちらの世界でないある処?
それは、何かの比喩なのだろうか。それとも、異世界やパラレルワールドなどといった、今、郡司がいるこの世界とは別の世界が、この世に――いや、この世ではない場所に、存在している、というのだろうか。――あのオカマ、アザミもそんなことを言っていたのだから、確かにそんな世界が存在しているのかも知れない。
だが、そんな異世界から、チンピラのような早野の仲間が、カードを盗み出すことが出来たかどうか、ということになると、それも到底信じられない。
また、いつもの職業病の如く、通訳の言葉を観察しながら、
「どうして負けの勝――早野の仲間は、別の世界のカードを盗み出すことが出来たんですか?」
郡司は、自分の疑問をぶつけていた。
すると、それは聞いてはいけないことだったのか、部屋にいるミイラや通訳、郡司を連れて来た男たちの空気が、刹那に変わった。誰もが言葉を隠すように沈黙し、部屋が静まり返ったのだ。
それに答えたのは、部屋にいた人物たちではなく、タイミングよく、たった今部屋へと入って来た人物――女だった。
「あら、バッド・タイミングだったかしら? それとも、グッド・タイミング?」
部屋の面々の顔を見渡し、
「言ったでしょう、お姉さま。馬鹿を装えるのは賢人だけだと――。あの男は知らない人間に情報を渡すほど馬鹿ではないわよ」
と、唇の端を持ち上げる。魅力的な表情だったが、郡司は以前にその顔とよく似た顔を見知っていた。
「おまえ――っ」
と、言いかけたが、
「ああ、あの《アザミ》も、ね」
と、女が先に言葉を付け足す。
そう。今、目の前にいるこの女は、あのオカマ、アザミが女に『物質変換』した時とそっくりの顔かたちをしていた。
――アザミ――ではないというのだろうか、この女は。
郡司は、観察眼を全開にして、その女の姿を穴が開くほど見つめたが、確信のようなものは持てなかった。しいて言えば、アザミはシバと共にいたはずなのだから、もしこの女がアザミだとしたら、シバはどこへ行ったのだろうか、ということだった。
そして、もう一つ気になっていた言葉――お姉さま、とは……。
「あなたには解らないことだらけでしょうけど、その方があなたのためでもあるのよ。あの男――カツは、ああ見えて強かな男でねぇ。【THE STAR】のアルカナを捜すために、しばらくここで切り札集めを手伝っていたけど、【THE STAR】の在処を突き止めた途端、姿を暗まして――。目下、行方不明中よ」
本当に訳の解らないことだらけだが、今は何が解っていないのか、少しだけ解りかけたところでもある。
「カツは【アルカナ】を盗み出したんじゃなかったのか?」
さっき、ミイラの通訳はそう言っていた。――はずだった。
郡司が訊くと、
「ええ、そうよ。お姉さまを殺して、多くの【アルカナ】を盗み出した……」
女の話は、こうだった。
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