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犬が喋る……

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「信じられないだろうが、紗夜が目の前で消えたんだ……」
 郡司は、電話の向こうの藤堂刑事に、あの事故を目撃してからのことを全て話した。今以上の情報をもらうためには、話さずにはいられないことだったのだ。それに……。誰かに、
「そんなことなどあるわけがない! きっと、何かの勘違いだ」
 と、言って欲しかった。自分が見逃している何かを見つけ出して欲しかったのだ。
 死体の不自然な痕跡なら、解剖をして調べることも出来るが、たかが一枚のカードにあんな力があるなど、とても郡司一人で考えて答えが出せるようなことではない。――いや、仕事場でも郡司はまだまだ若輩で、一人では何も出来ないのだが。
「……冗談だろ?」
 もちろん、藤堂がそう言うことも判っていた。郡司でさえ、今、目の前に紗夜が現れ、「冗談に決まってるでしょ。みんなであなたをからかっていたのよ」と言えば、「そうだよなぁ。おかしいと思ったんだ」と苦笑いをし、カードを破り捨ててしまったに違いない。
 だが、郡司の手には、動物の言葉が聞き取れる【Four of Wands】のカードがある。
「信じられないのは解る。だが、実際に今、俺はそのカードを持っているんだ。――出て来られないか?」
 郡司は言った。
 すると――、
「もう来ている」
 病院の駐車場に入るバーをくぐり、一台のセダンが郡司の前で静かに止まった。窓が開き、
「気になったからな」
 と、大柄な男が携帯を手に、ぬっと顔を覗かせた。
「そう……みたいだな」
 この体重ウエイトにして、フットワークが軽いのは、刑事としてはいいことなのだろう。郡司が搬送先の病院を聞くために電話をした後、藤堂もここに向かっていたのに違いない。
「三牧の所持品には、タロットカードはなかったそうだ」
「そうか」
 予想はしていたが。
「どんなカードなんだ?」
「……」
 ――知らずにここまで来たのか。
 そうは思ったが、確かにこのゴツイ刑事に縁がありそうなカードではない。
 郡司は自分の上着のポケットから、【Four of Wands】のカードを取り出した。
「これだ。――いや、これには絵とローマ数字しか書いてないが、【大アルカナ】には、そのカードの名前が書かれている」
「大アルカナ?」
「……。これに字が書いてあるカードだ。例えば、【THE STAR】みたいな」
 郡司の方も詳しく知っている訳ではないのだから、それ以上の説明もしようがない。
「ふうん。――で、本当にテレポーテーションなんて出来るのか?」
 もちろん、カードを見ただけで信じることは出来ないだろう。
「俺は、事故死した男が当然現れるのを見たし、紗夜が突然消えるところも、チンピラ風の男が消えるところも見た。――犬が喋るのも……聞いたし」
「犬が喋る?」
 そのことはまだ話していなかったのだ。
「カードにはそれぞれ違う力があるらしい。俺が持っているこのカードは、動物の言葉が解る神秘なんだ」
 ということで、郡司はそれを証明するために、辺りをきょろきょろと見回した。――のだが、そんなにうまく犬が歩いているはずもない。第一ここは、病院の駐車場なのだ。
 それでも、人間の念じる力というものは、思いがけずに強いらしい。――いや、運とでも呼ぶべきだろうか。
 ミャア、と甲高い鳴き声がして、一台の車の下から、猫が顔を覗かせた。
「このカードの表面を、撫でるように擦ってみてくれ」
 郡司は、猫を脅かさないように、目配せしながら、【Four of Wands】のカードを藤堂に渡した。あの猫の言葉が聞き取れるようになるから、と――。
「――こう、か?」
 藤堂が、猫を見ながら、受け取ったカードの表面を擦る。
 ミャア、と再び猫が鳴いた。――いや、それは郡司が聞いた鳴き声であり、藤堂には、今の猫の鳴き声が、意味のある言葉に聞こえたはずである。

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