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XX外伝 ――継ぐべき者たち――

継ぐべき者たち 15

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 プリマスの石――。
 ボストンの南、ケープコッド湾の入り口に面したプリマス――その奥まった入江の波打ち際に、その、プリマスの石がある。
 それは、最初のアメリカ人が、第一歩を踏み出した足元の石であるという。
 スイカ大のその石は、昔と同じように波打ち際に置かれたままで、打ち寄せる波が、時折、飛沫を上げている。
 石を取り囲む白大理石の建造物は、さながらギリシャの神々の神殿のようで、今日も人々で一杯だった。
「何でボストンなんだよ! 普通、アメリカに行きたい、って言ったらニューヨークだろっ」
 櫂の言葉に、
「そうか? 普通、アメリカで目指すのは最高学府のハーバードだろ。草と相談して決めたことだ。おまえが文句を言うな」
 司の言葉は簡潔だった。
 学術都市、ボストン――。
 マサチューセッツの州都であるこの街は、古い石畳の舗道と、レンガ造りの建物――ボストニアンに宿るヨーロッパの伝統と、アメリカ人としての誇りは、今もこの地に根付いている。
 高級住宅街たるビーコン・ヒルに建つ屋敷は、この辺りの街並みがそうであるように、英国様式ブリティッシュ・スタイルで佇んでいた。
「ここも十六夜の別荘なのか?」
「いや、買ったんだ。アンディに見つかると煩いからな」
 その櫂と司の会話を耳にして、やはり『口うるさいの』の中の一人は、あの金髪碧眼の少年だったのだ、と草は一人納得していた。
 そして、忙しそうな司が帰ると、
「いつ倒れても不思議じゃないよな……」
 櫂が、ポツリ、と呟いた。
「え?」
「おまえ、こだわってないで十六夜を継いでやれよ。司様も階様も〈XX〉で期限付きの命だ。おまえの母親と同じように、な」
「それは……」
 やはり、そうなのだろうか。
 地上で暮らしている司と階だけは違うのだと――。階の免疫細胞を移植し続けている司は長命である、と草は勝手に思い込んでいたのだが――、いや、あの司が、自分の子供を、自分が生きるための糧として使っているだろうか。
 否。
 使ってはいないだろう。だからこそ櫂も、司の死期が近いことを悟っているのだ。
「何で……櫂はそんなに司様と親しいんだ?」
 草は、前から思っていたその疑問を、口に出して訊いてみた。
「別に親しい訳じゃないさ。司様の――今はもういないけど、以前はずっと側についていた男がいたんだ。ドクター・刄っていうんだけど……」
 そのドクター・刄という男は、柊の使用人であった桂という青年と結婚をしていたが、桂には生殖能力がなく、十六夜が管理する親のいない子供のための施設に、司が養子を探しに訪れたことが、櫂と司の出会いだった。
 自分の子供である階にも、同じ年頃の遊び相手がいれば、と思っていたのだろう。
 司の養子にすることは、相続も含めて面倒が多過ぎるから、ドクター・刄と桂の養子として、と思ったのかもしれない。
「――で、里親のところから追い返されて来た俺と会ったんだ」
 櫂は言った。
 血の繋がりを持つ両親は、櫂の出生の日に死に、その後、縁づいた里親も櫂が幼い内に死んでしまった。
 だから、櫂はもう厭だったのだ。――自分自身が死神のように、縁づいた誰かを死なせてしまうことが。
「それで、善くしてくれた里親に、追い出されるような真似を……?」
 草が訊くと、
「別に。――おまえは別に死んでも構わないと思ってるけど」
「え?」
「司様の首を絞めるような存在なら、いない方がいい」
「……」
「なんて、な」
「……」
 本当によく解らない人物なのだ、彼は。――いや、解っていることが一つだけ、ある。
 彼はきっと、司のことが好きなのだ。あの少年の姿をした、とてもきれいな〈XX〉のことが。だから、櫂が言ったことの半分は本当なのだろう。
 ――司様の首を絞めるような存在なら、いない方がいい……。
「あーあ。ボストンか……。ニューヨークなら会えたのになァ」
 ソファに、ごろり、と横になって、櫂が言った。
「会う? 誰に?」
 草が訊くと、
「俺の目標だよ」
 隠すでも、口ごもるでもなく、櫂は言った。
「目標?」
「ああ。あの人に憧れて、あの人みたいになりたくて、俺は出来る限りのことを学んでるんだ」
「……」
 それは司のことなのだろうか。――いや、違う。司に会うのが目的なら、日本にいればいいのだから。
 司のことはきっと、初恋のような存在で、その憧れの人は、櫂が言った通り、彼の将来の目標なのだろう。
 誰もが目標を持って、将来を見つめながら、生きている。
 ――なら、自分は……。
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