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XX外伝 ――継ぐべき者たち――

継ぐべき者たち 6

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「これは、柊様……」
 その日、柊が稚花子の部屋を訪ねると、医師が一人訪れていて、柊の顔を見るなり、表情を変えた。
 もちろん、柊にはその表情の変化は知り得なかったが、沈黙の長さに、いつもと違う雰囲気は感じ取れた。
 ――定期検査ではないのだろうか。
「どうかしたのか?」
 目が見えていたのなら、そんなことを訊く必要はなかったのかもしれない。寝床に横になって足を開き、触診を受けていた稚花子の姿は、それ以外の理由など考えられなかったのだから。
「あ、あの……ご懐妊の兆しがあり、今……」
 医師の言葉に飛び込んで来たのは、御簾の外で話しを聞いていた伊吹だった。
「柊様の御子が……っ! 本当に? 本当なのですか、先生?」
 と、早く確証を持つ言葉を聞きたい、と言わんばかりに、言葉を急く。
「はい。恐らく、六週に入った辺りではないかと――」
「おめでとうございます、柊様! これで、十六夜の後継は、柊様と、柊様の御子が……!」
 歓びに満ち溢れた伊吹の顔は、戸惑うばかりの柊の表情とは、まさに対照的なものであった。
 それはそうだろう。盲目であるが故に、柊は後継者としての能力を削られ、そのせいで、父、十六夜秀隆は、どこかから妾の子を連れて来て、十六夜の屋敷に住まわせていたのだ。十六夜の跡取りとするために。
 だが、柊に子供が出来、その子供に充分な後継者能力があると判れば、その立場も変わって来る。
「私の……?」
 この稚花子の腹の中に、本当に柊の子がいるというのだろうか。――いや、稚花子には適合因子を持つ者が見つかり、その精子を人工授精して、妊娠するよう施していたのではなかったか。
 だが、医師は――。
「時期からして、柊様の御子に間違いはないかと――。人工授精を試みた精子は着床せず、その後……」
 言葉は何も出て来なかった。
 考えてもみないことだった。
 自分の血を引く子供が――同じ遺伝子を引き継ぐ子供が、こんな風に思いがけない形で出来るなど――。
「……違う」
 柊は言った。
「は? 柊様?」
 戸惑う伊吹の言葉にも、
「私の子ではない」
 柊はきつく指を結んで、否定した。
「ですが、先生が――。それに、稚花子様も、柊様以外の者とは――」
「何度も言わせるな。その腹の子は、私の子ではない。無論、父の前でもそんなことは口にするな。――いいな、伊吹?」
「しかし、それでは――!」
「頼む……」
 絞り出すような声に、なった。
 手のひらに爪が突き刺さり、肩が小刻みに震えだす。
「……柊様?」
「頼むから……もう私から……。彼女から……何も取り上げないでくれ……。ずっと、ここにいさせてやってくれ」
 もう何も失いたくはなかったのだ。
「……」
「十六夜なんかのために、もう、これ以上は、何も……」
 稚花子の中に宿った命が、柊の子供であると判ったら、その子供はまた、取り上げられてしまうかも知れない。
 母の元から引き離され、地上に連れ出されてしまうかも……。
 そんなことになってしまうくらいなら――。
「稚花子――。私に忠実であると言ったな? 父にではなく、この私に?」
 柊は言った。
「はい、柊さま。稚花子の子は、柊さまの御子ではありません……」
 甲斐甲斐しい言葉が、桜色の唇から、零れ落ちる。
「そういうことだ、伊吹。――先生も。――あの人工授精での精子が着床した、と父には報告してください」
 こうすることが、一番いいのだ……。


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