《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

番外編 エリック編

エリック編 ２４

　目を醒ますと、空は薄く白み始め、暁の女神でも訪れそうに、全てが紫色に染まっていた。
　もう朝になる時間なのだ。
「痛……っ！」
　体を起こすと、殴られ蹴られした傷痕が激しく痛んだ。
　三人の兵士たちの姿はなかったが、エリックも手加減をしてはいなかったのだから、無傷で済んでいるとは思えない。さすがにエリックも、鍛錬を受けた三人の兵士が相手では、情けないことにこのザマだが。
　戦場では誰もが心を病んでいる。
　平常心も保てない。
　ロイヤルズにいた頃なら、もっと冷静な判断も出来ただろうが、ここでは……。
　明るくなる前に、基地に戻らなくてはならない。
　エリックは痛みを堪えて腰を上げ、骨に異常がないことを確認して、車の方へと歩き始めた。
　こんな姿を階が見たら、きっと心配するだろう。
　伯爵家に相応しい地位まで上り詰めると約束しておきながら、士官としての冷静な判断すら出来ずにいる自分を。
　乾いた砂の上を車で駆けると、ここが別天地であることを裏付けるように、砂煙が後に続く。
　いや、後ろにだけではない。
　基地まであと少し、という所まで来た時、基地の側面に当たる不毛の大地を、同じように砂煙を舞い上げて近づいて来る車の姿が視界に入った。
　ヘッドライトがなくては不自由するような夜中ではないが、それでもまだ完全に朝を迎えていないこの時間は、ヘッドライトが必要だろう。
　それでいて、その車はライトを点けずに基地の方へと向かっていた。
　軍用車両ではない。――いや、少なくとも英国駐留軍の保有する車ではない。
　しかも、そのスピードは、ブレーキを踏むつもりがないように、グングン加速を続けている。
　まるで、自殺行為である。
　――自殺。
「まさか……自爆テロ？」
　エリックは、ふと脳裏を過ったその言葉に、体中を脈打たせた。
　もちろん、基地の見張りに立つ者たちも、すぐにそれには気付くだろう。――いや、そうだろうか。この薄暗い中、ヘッドライトをつけて道を走っているエリックの車はともかく、道なき道を、ライトも点けずに走っているその車を、すぐに確認できるだろうか。
　そう思うと、衝動的に体が動いた。
　エリックは道とは名ばかりの砂漠道を外れ、砂埃を巻き上げる車の方へとハンドルを切った。
　あちらももちろん、エリックの車には気付いているだろう。エリックはずっとライトをつけ、基地へと走っていたのだから。
　だが、エリックの車が方向を変えるのを見ても、その車はそんなことになど感心なさそうに、スピードを落とす素振りも見せなかった。
　――やはり、明らかにおかしい。
　エリックは、その車の方へとアクセルを踏み、急速に距離を縮め始めた。
　もちろん、無線を使って基地の方へも連絡を入れる。
　どう対処するか決めていた訳ではない。
　エリックが近づいていけば、方向を変えるのではないか、という甘い期待もそこにはあった。――ここは英国ではないというのに。
　彼らは、自らの命を顧みず、その車の中には基地に大打撃を与えるほどの爆薬を積み、ブレーキを踏むつもりもなく突き進んでいるに違いないのだ。たかが車が一台近づいて来たくらいで、その決意を翻すことなどあり得ない。
　それなら――。
　――俺に何が出来るというのだろうか。
　このまま、あの車の進行を阻止するために、体当たりを食らわせようというのか。基地を吹き飛ばすほどの爆薬を積んでいるかも知れない、あの車に。
　ぶつかった衝撃で爆発すれば、テロリストだけでなく、エリックも共に死んでしまうのは間違いない。
　確かに、「階級を上げて帰る」とは言ったが、死んで二階級特進では……。
　泣かせるつもりなどなかったというのに――。
「悪いな、階……」
　エリックはアクセルを踏み込んだ。