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番外編 ローレンス編
ローレンス編 16
しおりを挟む言葉は何も出て来なかった。
エリックの表情を見ただけで、今の言葉を聞かれていたことは、すぐに判った。
胸を締め付けられる苦しさと、罪を口走った罪悪感に、手指が痺れ出すのを感じていた。
エリックがゆっくりと近づいて来る。
逃げ出したいのに、足が床に張り付いたように、その場から動くことが出来なかった。
アンドルゥがどんな顔をしているのかも、気になった。
すぐ傍まで来て、エリックが足を止めた。
顔を上げることは、出来なかった。
あの日、衝動的にローレンスを殴りつけたエリックの姿が、今になって甦った。
エリックの腕が持ち上がり、階は思わず目を瞑った。
逞しい腕が、両手で階を包み込む。
「そんなこと、知っていたのに……」
――え……?
「アンドルゥごと君を愛していると言ったのは嘘じゃない。もっと早く口に出して言えば良かったんだ」
「……エリック?」
優しい腕の中で顔を上げると、
「堂々とアンドルゥと張り合うよ。軍人としてなら、アンドルゥに勝てる自信がある。グレヴィル家に相応しい地位まで昇り詰めると約束するよ。――その時は結婚してくれるだろう?」
いつもの優しい従兄の顔が、そこにはあった。
「そのために……王室騎兵隊を……?」
「君の家柄と、祖父の地位に頼っていても、ね」
話し合った方がいい、と――あの日、ローレンスが言ったのは、彼も、このエリックの決意を知っていたからなのだろうか。
さっき、アンドルゥを好きだと言った同じ心が、また、別の想いに揺れ始める。自分が何を迷っていたのか、そんなことさえ解らなくなってしまうような、息苦しい想いが……。
「戦争に……行くよね?」
階は訊いた。
「ああ、命令があれば――。戦争で苦しんでいる人がいる」
――苦しんで……。
殺し合いをしている軍人ばかりではなく――。戦争の犠牲者は、何の関わり合いもない民間人であることが、いくらでもある。
もし、このイギリスが戦場になって、階やアンドルゥが戦禍に巻き込まれそうになった時、他の国から、こうして助けに来てくれる手を待つのだろう。
エリックが向かうかもしれないその地でも、助けを待っている人々がたくさんいるのだ。
「言ってくれればいいのに……」
階が言うと、
「――普通、言えないだろ、そんなカッコいいこと」
困り果てるように、エリックが言った。
そんな姿も、エリックらしい。
そうして話をしていると、
「人の部屋で発情するな。――結局、こっちは、マリッジ・ブルーのとばっちりを受けただけで、大損だ」
憮然とした顔で、アンドルゥが言った。
「アンディ、ぼくは――」
「あとは二人で話し合うといい。――ちょっと出て来る」
「え? どこに? 今日はゆっくり休むって――」
階が言うと、
「用を思い出した」
本当かどうか、アンドルゥは言った。
「ぼくも一緒に行く。また無理をして倒れたら――」
「それなら、俺も――」
かくして三人は、共に出掛けることになったのである。
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