《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

番外編 ローレンス編

ローレンス編 ４

　オックスフォード、クライスト・チャーチ・コレッジ――通称、ザ・ハウス。
「……薬は頻脈等の症状を抑えるだけで、手術をしなければ、彼の心臓は回復しません。先天性の心疾患ですから」
　次の休日に、この間の薬を持ってアールの元を訪ねると、アールも最近、そのことを知ったようで、解っている限りのことを、教えてくれた。
　心臓の左心室から大動脈に排出される動脈血の一部が、欠損部を通って右心室に入り、肺動脈に流出するため、その分だけの血液が、肺を空回りすることになり、左心室、右心室が拡張肥大し、肺動脈圧が上昇する。年齢が進むにつれて、心悸亢進や呼吸困難などの症状が現れ、放っておくと死ぬ危険もある、という。
　そういえば、階も以前、十六夜の屋敷で医学書を開き、心臓病について調べていた。確か『心室中隔欠損』のシェーマ……と書いてあったのではないだろうか。それを思い出し、
「――フェリックスも知っているのか？」
　ローレンスは訊いた。
「アンドルゥが倒れた時、フェリーも一緒にいましたから」
　アールは言った。
「クソっ！　どいつもこいつも問題ばっかり抱えやがって」
「すみません……」
　アールが謝るのを見て、ローレンスは、想定外の伏兵に目を見開いた。
　別に、アールのことを言ったわけではなく、王室騎兵隊ﾌﾞﾙｰｽﾞ･ｱﾝﾄﾞ･ﾛｲﾔﾙｽﾞを辞めて、戦争に行く、と言っているエリックのことを言っただけだったのだが……。
「おまえも何か問題を起こしたのか？」
　ローレンスは訊いた。
「い、いえっ、ぼくはもうオスカーときちんと話をして、これからもそうして話し合っていこうと決めて――」
「――ったく、どいつもこいつも……」
　溜息も零れる。
「どいつもこいつも？　他にも誰か？」
　アールの問いに、
「……。おまえだから話しておいてやる。フェリックスには絶対に言うなよ」
　そう言ってローレンスは、祖父である陸軍大将アドミラルアーサー・ソアーの地位や、婚約者であるウォリック伯爵の甥、階の恩恵で賜った身分を捨て、自分の力を試してみようとしているエリックのことを、話して聞かせた。
　階には口が裂けても言えないことである。
　だが――。
「……黙っていたら、それこそまたフェリーは傷つきますよ」
「その時には俺たちじゃなく、エリックが話すさ」
「そうでしょうけど……」
　何故、幸福な時間は、長く続くことがないのだろうか。
　人は平和に浸ってしまうと、すぐに危険と刺激を求めてしまうものなのだろうか。



　男は――何故、女のためだけには、生きられないのだろうか……。




「経営学修士の学位所得おめでとう。正式な結果が届いたんだろ？」
　ローレンスは、アールの所に寄ったついでに、同じコレッジの階の部屋へも足を運び、昨年末に届いていたらしいその通知に、改めて面と向かって、お祝いを贈った。もちろん、知らせを聞いてすぐに花は贈ったが、顔を見て祝いの言葉を贈るのは、これが初めてである。何しろ、その時ローレンスはフランスにいて、花を持って駆け付ける、という訳にもいかなかったのだから。
「ありがとう。学位授与式は夏だから、まだまだだけどね。とりあえず、ホッとした。……これですぐに十六夜を継げる」
　そう語る階の顔は、本当に心からホッとしているようで、安堵の表情に満ちていた。つい二年前までは『まだ十六夜を継ぐなんて、とても無理』と言って、逃げるように大学院へ進む道を選んだ、というのに……。
　今の階は、それほどまでにアンドルゥに負担をかけることを心苦しく思い、一刻も早くアンドルゥの負担を減らしたい、と願っているのだ。