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番外編 ローレンス編

ローレンス編 2

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「誰が来た、って?」
 確かに聞こえてはいたのだが、ローレンスは、余りにも現実味の薄いその来訪者のことを、弟のフィリップに訊き返さずにはいられなかった。
「ウォリック伯爵――アンドルゥ・F・グレヴィルだよ。そう言っただろ。自分の結婚相手の名前くらい、覚えておいたら?」
 もちろん、アンドルゥの名前を忘れていた訳ではなかったが、ここへアンドルゥが訪ねて来る理由の方が解らなかったのだ。結婚はしたが、親しく家族ぐるみの付き合いをしているわけではなく――食事やパーティに招かれたり、招待したりすることはあるが、それ以外に、何の前触れもなく、こうして彼がシアーズの家に訪ねて来るなど……。
 ――何か怒らせるようなことをしたっけ……?
 結婚相手が訪ねて来たというのに、思い当たる理由がそれだけだ、というのも、何だか……。
 ローレンスは、教師に怒られに行く生徒のように、自分の部屋を後にして、アンドルゥが待つサロンの方へと足を向けた。
 アンドルゥとは十五歳の年の差があるとはいえ、彼の恐ろしさは、その年齢差のせいだけではない。何しろ、その豪華な金髪と青い瞳の若きウォリック伯爵は、『イートン史上、最悪の生徒』と呼ばれるほどに、学生時代から皆に畏れられていた人物なのだから。
 そして、十六夜のシステムに申請して作られた二人の子は、顔立ちこそアンドルゥに似ているものの、明るい白金の髪と薄いブルーの瞳の色は、銀髪プラチナ・ブロンドと灰青色の瞳のローレンスの色彩を受け継いでいた。
「えーと、ようこそ、ロード・ウォリック……」
 ローレンスは、未だに近寄りがたい結婚相手に、サロンへ入って挨拶をした。一応、きちんと称号をつけて呼んだ方がいいかと思ったのだが、その後ろから――、
「弟のフィリップです。お久しぶりです、お義兄さま」
 と、ひと回りも年下の弟が、興味津々に覗き込む。
「おまえは向こうへ行っていろ――」
 と、言いかけたが、
「忙しくて、なかなか訪ねられなくて、悪かったね、フィリップ。――イートンに入ったと聞いている。勉強くらいなら見てあげられるから、また、うちにも遊びに来るといい」
 あのアンドルゥが、社交辞令を口にするなど――。いや、これはプライベートではなく、仕事の一端のようなものなのだから、そんな付き合いのいい言葉も出て来るのかも知れない。いくら彼でもビジネスの席では、無愛想ばかりではいられないのだろうから。
 一通り、フィリップも交えて、そんな他愛のない言葉を交わした後、仕事の話だ、と、フィリップを下がらせ、
「用件を聞かないと、落ち着かないんですけど……」
 と、ローレンスは、今日、アンドルゥが訪ねて来た理由を切り出した。となると、アンドルゥも、いつもの無愛想な顔に戻り、
「君の父君に頼まれていた顧客リストを持って来ただけだ」
「顧客リスト?」
 ローレンスは、何の事だか判らず、首を傾げた。
「ウォリック伯爵家と付き合いのある貴族と親族、政財界の人間、それからグレヴィルの事業の取引先と顧客だ。紹介して欲しい人物や企業があれば口を利いてやる。いつでも言えばいい」
 そんなことを父が頼んでいたなど、初耳だった。
「あなたがシアーズに気を使う必要は――」
「そのための政略結婚だろう? お互いの家の人脈や基盤を使って、さらに金儲けをする――。それ以外に、上流階級の結婚に意味があるのか?」
「それはそうですけど……」
「おまえが頼りにならないから、父君が痺れを切らして頼みに来られたんだ。シアーズの事業を継ぐ気があるのなら、今度はおまえが頼みに来い。――ああ、それと十六夜の分は階に任せてある。少し時間はかかるだろうが、これも取引先を把握するための勉強だ」
「……」
 ――本当に、いつまで経っても苦手だ、この人は……。
 あの愛らしい階の叔父であるとは思えないほどに、性格も何もかもが屈折している。
「解りました。ありがとうございます。――シアーズのリストも用意しておきます」
「当然だ」
「……」
 ムカ、っとしない訳ではないのだが、頭や口では敵いそうもない。
「おまえの部屋は?」
 アンドルゥに訊かれ、
「は?」
「部屋だ。――少し休む」
「……こっちです」
 口や頭では敵わないにしても、細身のアンドルゥに腕力で劣ることはないだろう――そう心に言い聞かせ、ローレンスは、アンドルゥを部屋へと促した。――いや、もちろん、何かされると危惧していた訳ではないのだが……。


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