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番外編 オックスフォード編

オックスフォード 22

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 グレヴィルの屋敷に戻ると、そこには心配そうなアールが、桂と共に待っていて、
「フェリー! 良かった。本当に誘拐されるなんて――。って、その喉の痣、指の痕じゃないのか……? 首を絞められたのか?」
 と、細い首に残る瘢痕に、歓びの表情を凍りつかせる。
 もちろん、階も車の中で、余りののどの痛さに鏡に映して見てみたから、痕が残っていることは知っていた。
「うん、困るよね、これ。消えるまでハイネックしか着れないし」
「……そういう問題?」
 取り敢えず、階が元気そうにしているので、アールもそれ以上は訊くこともなく――いや、訊きたいことはたくさんあったが、もう時間も時間で、ロンドン・アイの花火も終わり、大混雑に巻き込まれながら帰って来たのだから、話しは後日にするべきだろう。
 階も、帰りの車の中で、アンドルゥや菁にはあらかたのことを話し――窓越し、ドア越しに、階と男の様子をうかがっていた二人にも、さすがに全ての話声までは聞こえず、胃の縮むような心地の時間だったのだから。
「泊まっていけばいい。今から帰るのも大変だろう」
 こんな時間まで待っていたアールに、アンドルゥが言った。
「はい。桂が部屋を用意してくれて、自宅にも連絡を入れてあります」
 アールは言った。
 それを聞いて、階は、
「あ、アール、ニューイヤーでも朝食に遅れると、おじいさまに怒られるから」
「え? そう……なんだ」
 自宅に戻った方が良かったかもしれない――そうアールが考えたことは、すぐに判った。
 何しろ、朝までにはあと数時間しかないのだから。
 そんなアールを横目に、階は冴え冴えとする顔で部屋に戻り、きっとしばらく眠れないであろうことを承知しながら、それでもシャワーを浴びて、ベッドに入った。
 さっきの――あの部屋での会話が、再び頭の中に甦る。




『俺は……そう
 男――階の従兄である彼は言った。
 名前を聞いた階の言葉に対しての、返答である。
 敵意のようなものは、もうほとんど感じなかった。
『草? ……なんか、解るような気がする』
 その言葉の意味に、階は言った。
『解る?』
『うん。――柊おじさまが付けたんだよね?』
《イースター》で生まれ、幼い頃に地上に連れて来られ、ずっと《イースター》に戻ることだけを考えて生きて来た、哀しい人だった、という。
『柊おじさまはきっと、《イースター》であろうと地上であろうと、どんな条件でも強く根を張って生きて欲しい……そんな意味を込めて付けたんだと思う』
 花のように場所を選ばず、どんな土地でも生きていける草のような人間であって欲しい、と……。
『……』
 そして、それは、司が彼――草に言った言葉と同じだった。
 彼の父親たる柊は、幼い頃に《イースター》から連れ出され、《イースター》に帰りたい思いばかりで、結局、地上に根を張って生きることは出来なかった。だから、子供には、そんな思いをして欲しくはなかったのだと。
 どこで生まれようと、どこで生きようと、その場に強く根を張って、負けることなく生きていって欲しい。
 柊は、そんな思いで彼の名前をつけたのだ――と、司は言った。
 そして、階も……。
『やっぱり、血は争えないか……』
 親子で、同じ言葉を口にするのだから……。


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