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XX Ⅲ

XX Ⅲ-45

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 ウォリック伯爵邸に戻ると、アンドルゥは本当に風邪をひいて、寝込んでいた。熱が高く、のどの痛みや咳、倦怠感……と、一通りの風邪の症状があると言う。
 そして――。
「駄目だ! 階は絶対に部屋に入れるな」
 と、頑なな口調で、それを拒んだ。
「少しくらい、入れてやれよ。せっかく帰って来たんだから」
 と、菁が言っても、
「駄目だと言っただろ。風邪がうつったらどうするつもりだ」
「健康な人間には、そう簡単にうつらないさ」
「駄目だ。たかが風邪でも、階にうつれば、免疫力が落ちて、あの癌に付け込まれる」
「……。OK。――さっさと治せ。おまえと話をしたがっている」
 結局、菁でも説得できず、せっかくの復活祭休暇イースター・ホリデーも、アンドルゥ抜きで始まった。
「どこかに出かけるか? ロンドン復活祭イースターで賑やかだ」
 菁が言うと、
「ううん。今日はやめておく」
 そう言って塞ぎこむ階の姿は、刄を亡くした司の姿を連想させた。
「そんな顔をするな……」
 菁は、階の華奢な肢体を抱きしめた。そうしなければ、司のように、消えてしまいそうな気さえしていた。
「……ぼくのせいだよね、きっと。アンディが疲れてるのも、風邪をひいたのも」
 みんなそうして階を守ってくれようとするのに、階だけが甘えてばかりで、何一つ満足に出来ないのだ。アンドルゥも、菁も、桂も、エリックも、ローレンスも、アールも、皆、無条件に階を守ってくれているというのに……。
 あの日、スウェーデンで〈XX〉が見つかった日から、きっと、アンドルゥは働き詰めで、それに加えて階のことを気に掛けて、十六夜秀隆のことまで背負いこんで、大変な思いをしていたのだろう。
「ぼくは、何ができるんだろう……」
 階は、菁の腕の中で呟いた。
「君は充分やっているさ。この体で寮生活をして、一人で初潮も乗り越えて――。あいつにしてみれば、君の方が余程辛くて、不憫な思いをしていると思っている」
「そんなこと、ないのに。全部アンディが準備してくれて、ぼくはその通りにしているだけなのに」
「なら、それを伝えてやるだけで、あいつは安心する。そうしてやれ」
「うん」
「じゃあ、出かけよう。あいつの風邪なんか、うつされるだけ損だ」
 部屋の中では、きっとアンドルゥが、大きなくしゃみをしていただろう。
 階が着替えを済ませて屋敷を出ると、菁が誰かと話をしているところだった。東洋人らしい、黒髪の男である。時折、掴みかかるような口調で声を張り上げ、階が出て来るのを見ると、言葉を止めた。そして、
「階様、どうかこのまま十六夜翁のもとへ――」
 と、真摯な眼差しで、階を見つめた。
「駄目だ。アンドルゥが承知しない。十六夜翁も君にそんなことを頼んだりはしないはずだ」
 そう応えたのは、菁だった。
「確かに、十六夜翁の意思ではありません。ですが、十六夜翁は、階様のために、ご自身のお体を――」
「やめろ! それはアンドルゥが話す。あいつは今、階と話が出来ないんだ。もう少し待て」
「待てません! もう、十六夜翁は……」
 男の言葉は、苦しげだった。――いや、辛そうだった、というべきだろうか。
 階は、どうするべきなのか問うように、菁の方へと視線を向けた。
 菁が、駄目だ、というように、首を振る。
 もちろん、それが正しい判断だったのだろう。アンドルゥが高熱で動けない時に、勝手なことをしてはならないのだと――それは理屈では解っていた。
 だが、人は理屈だけで生きてはいないのだ。
「……ぼくのおじい様で、お母さまの、お父さまだよね、菁」
 階は言った。
「君を連れ去って、勝手に検査をしようとした男だ」
「でも、それはぼくを傷つけるためじゃなくて、ぼくを守るためだった」
「……。非道なことをしてきたんだ。子供の生産でのし上がった後は、〈XX〉で世界を握ろうと考えていた」
 自分の子供さえ、踏み台にして……。
「でも……これで最後なんだよね、おじい様に会えるのは」
「階……」
「ありがとうございます、階様……」
 男が深々と頭を下げた。
 それは、復活祭には似つかわしくない姿であったかも、知れない……。


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