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XX Ⅲ

XX Ⅲ-6

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 夕方になると、菁も香港からイギリスに着き、久しぶりにウォリック伯爵邸は賑やかになった。香港、ニューヨークの麻薬市場を取り仕切るマフィアのドンといえ、階にはいつも甘いのである。
「相変わらず、ペッタンコの胸だなぁ。――早く大きくなって、私と結婚してくれ」
 キスをしながら階を抱きしめ、菁は、その感触に、からかいを零した。
「ぼくは胸なんかいらないし、ずっとこのままでいい。そんなのが好きなら、トルソーと結婚すればいいんだ。ぼくだって選ぶ権利があるし」
 階はプイ、と横を向いた。
「君が選ぶのなら、私はそれで納得するさ。司は――君のお母さまは、結局、どちらも選ばなかった」
 その言葉に、部屋にいる全て――階を除く三人が、あの頃の回想に心を馳せた。
「どちらも、って、誰? お父さま――じゃないよね」
 階が訊くと、
「何だ、知らなかったのか? アンドルゥと私は、ずっと司にプロポーズしていたんだよ」
「菁――。余計なこと言うなよ」
 憮然とした顔で、アンドルゥが言った。
「そうなの、アンディ?」
 階が真偽を問うように、首を傾げる。
「司にもう少し時間があったら……解らないさ」
 その言葉に、階は菁へと視線を向けた。
「いや、どっちにしろ、クリストファーの勝ち逃げだ。――なあ、階。君のお父さまだけが司と結婚出来て、君を残せた。本当に羨ましい奴だよ、あいつは」
 言いながら、菁は再び階を腕に抱いた。
「そうなんだ……。もっと聞きたいな。お父さまと、お母さまの話……」
「いくらでも。――ただし、寝物語トーキング・ベッドだ。添い寝でなら、話してやろう」
「絶対、イヤだ!」
 この年頃の心はかたくなである。まあ、もう子供と言うほど幼くもないのだから、当然と言えば当然なのだが。
「でも……お父さまのことは判らないけど、アンディと菁じゃ、全然タイプが違うよね。年も違うし、考え方も違う――」
 おかえりのキス一つとっても、二人は違う。アンディは肩に軽く手を置いて、髪に口づけるだけなのに、菁は大きな胸に抱いて、頬ずりするように口づける。ちなみに、桂はキスもしないし、触れもしない。
 それを聞くと、
「それは性格の違いじゃなくて、立場の違いだ」
「立場?」
「ああ、アンドルゥは君の叔父で、結婚相手にはなり得ないから、父親のような立場だし、桂は赤ん坊のころから君の世話をしてきた乳母ナニーのような立場だし、唯一、私だけが君にとって、男になり得る立場な訳だ。――君だって、好きな奴にするキスと、私たちにするキスは違うだろう?」
 菁が言うと、階は目に見えて、赤くなった。肌が抜けるように白いだけに、その変化がよく目立つのだ。
 そして、その変化に一番に反応したのは、アンドルゥだった。
「まさか……。そんなことしてないだろうな、階? 駄目だ! 絶対、駄目だからな――っ」
「アンドルゥ様!」
 桂が咄嗟に言葉を止めたが、その時にはもう、遅かった。階はきつく唇を結び、部屋の外へと飛び出していた。
「あーあ、どうするんだ? 微妙な年頃なのに、頭ごなしに」
 天を仰ぐように、菁がアンドルゥの失態に皮肉を贈る。
「……。階は、まだ子供で――」
「おまえが司にプロポーズしたのは、十五、六じゃなかったっけ?」
「……」
「――で、自分だけは良くて、階は駄目か」
「階は〈XXおんなのこ〉だ……。学生の分際で、階を守れる奴なんかいる訳がない」
 十六歳のアンドルゥでさえ、もどかしい思いを抱えながら、司を守れるようになるまで待ったのだ。――いや、待っていて欲しい、と司に頼んだ。
「……君が追いかけてくれないか、桂」
 アンドルゥは、ドアを気にする桂に言った。
 だが――。
「誰が追いかけても、きっと同じです……」
 そっとしておいた方がいいのだ、今は。
「私は、親の反対を押し切って、希と結婚した。君も、司のことでは結局、あの頑固なロード・ウォリックさえ説得して、許しをもらった。――そうだっただろう? この世のどこに、子供に勝てる親がいるというんだ?」
「……」
「好きにさせてやれ、とは言わないが、話くらいは聞いてやれ」
 この世のどこに、子供に勝てる親がいると……。
「そうだな……」


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