上 下
194 / 443
番外編 アンドルゥ編

アンドルゥ編 18

しおりを挟む


 十六夜秀隆から、《イースター》の全てを聞き、それから何度か、その少女の姿を見に行った。十六夜司――〈XXYモザイク〉である自分より、さらに華奢で、弱い力しか持ちえない、その少女を――。遠くから眺めるだけしか出来なかったが、アンドルゥには、司の不遇さがよく解った。〈XX〉であるが所以に背も伸びず、力も男には敵わない。男にない体の変化も、付き纏う。
「司……」
 その少女の婚約者がクリスでなければ、何か変わっていただろうか。自分が精子を作れる体であれば、十六夜秀隆は自分を選んでくれただろうか。
 そんなことを考える日も、もちろん、あった。
 だが、相手がクリスでは、何も出来ない。彼ほど優しくて、司を大切に出来る人間などいないのだから。何より、クリスは、十六夜秀隆が望む、司の子供を作ることが出来る。それは、アンドルゥには、どう足掻いても、敵わないことであった。もちろん、射出精子の中に、運動精子が一つでも見つかれば――いや、最終的にはMD-TESEをして、精巣内から一つでも正常な運動精子が見つかれば――。
 だが、そこまでしても、見つからなかったら……。
「どうした? 今日は検査はしないのか?」
 十六夜の研究施設に来たものの、何もせずに座っているだけのアンドルゥを見て、十六夜秀隆が訊いた。
「いえ……。そう言う訳では……」
「では、何を考えている?」
 何を……。
「司……さんは――あなたは、ぼくが司さんに似ていて不憫だから、こうして十六夜に出入りさせてくださるのですか?」
 アンドルゥは訊いた。無論、そんなことが訊きたかった訳ではない。それは、十六夜秀隆にも解っていただろう。
「君が司を好きなことは、知っている」
「――」
「だが、あれには特定の因子が必要だ。誰の遺伝子でもいい訳ではない。――クリスや菁が駄目なら、君が口説いてみるといい。あれは、大人の中で育った子供だから、自分より年下の人間に興味を持つとは思えないが……」
 十六夜秀隆の言葉は、呪文のように、アンドルゥの頭の中を巡っていた。
 クリスでも、菁でも駄目なら……。もし、そんな日が、来るとしたなら……。彼女に触れ、愛し合える時が来るのなら――それだけで幸福になれるかも、知れない。辛い検査も、その先の不安も、全てが塵と消えてしまうかのように……。
 それからしばらくして――夏の蒸し暑い盛りに、クリスが死んだ。司が二十歳になる前日……それは凄惨な死に様だった。グレアムなどは、狂うほどに泣き叫び、司への敵意を剥き出しにした。そして、アンドルゥも、言葉では表せないほどの悲しみを、知った。
 だが、司を憎む気持ちは、生まれなかった。
 グレアムが司に何かするのでは、という懸念どおり、彼は、秋には司のいるカナダの別荘を訪れ、怒りのままに手を上げた。――いや、上げたのだが、司をかばったドクター・刄が、その横っ面を殴られただけに、終わった。
 そして、もうそれ以上のことを、グレアムにさせる訳にはいかなかった。
 その時すでに、司は、クリスの子供を身ごもっていたのだから……。
「グレアムは相変わらず、気が短い」
 十六夜秀隆のその言葉に、
「僕が行きますよ……」
 アンドルゥは、言った。
 義務教育を終え、第六学年級シックシスフォームになった秋――。アンドルゥは、ただの学寮ハウス監督生プリフェクトではなく、生徒全体の監督に当たる『首席学校監督生』として、かなり自由な立場になっていた。もちろん、その自由な立場を利用して、今日もこのカナダに来ていたのだが。
 ――やっと、あの少女に、会える……。
 逸る気持ちを抑えるのが、大変だった。
 グレアムを宥め、ウォリック伯を説得し、翌週――。
「初めまして、十六夜司さん」
 それが、あの短い、幸福な時間の始まりだった……。




 ――司……。こんなことを言うと、あなたは笑うかも知れない。

 あなたは――僕の初恋の少女ひと、だった……。




              完




   ※次回、ドクター・刄がまだ軍医だった頃の番外編を掲載します。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...