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番外編 アンドルゥ編
アンドルゥ編 15
しおりを挟む眼科の医師が手術に入っているということで、アンドルゥは病院へ連れて行かれたものの、随分待たされることになってしまった。そもそも外来診療はすでに時間外で、医師たちは大抵が入院患者の回診や検査、手術に回っている。
そして、やっと診療を終えて、このイートンに戻って来たのは、九時の点呼を過ぎてからのことだった。もちろん、戻るまでの間には、食事をしたり、本屋に寄ったり、と少し寄り道もしたのだが……。
学寮に入ると、何か雰囲気が変だった。皆がざわつき、ひそひそと小声でささやくような会話が聞こえて来た。談話室の中だけでなく、廊下や、階段の片隅でも――。皆が同じ話題を口にしているのだ、ということは、すぐに解った。
だが、一体、何があったというのだろうか。
気にしながらも、アンドルゥは誰かに声をかけてまで訊くつもりもなく、自分の部屋へと足を向けた。
きっと、ヘンリーが心配しているだろう。こんなに長くかかるとは、思ってもいなかったのだから。部屋のドアを開けると、またすぐに顔を出すに違いない。
そんなことを考えながら、アンドルゥは自分の部屋のドアを開けた。
だが――。
だが、予想に反して、ヘンリーは部屋から出て来なかった。
部屋にいないのだろうか。そう思った。――いや、きっと、そうなのだろう。談話室か自習室で、皆と同じように、おしゃべりに夢中になっているに違いない。
そう自分を納得させて、部屋に入ったものの、アンドルゥは学寮の雰囲気が違ったことに、違和感を覚えずにはいられなかった。それは、今までにはなかった雰囲気だったのだ。
そうしてベッドに腰掛けていると、パトカーのサイレンが近づいてきて、このイートンの前で、静かに止まった。
やはり、何かあったのだ。それは、皆が小声でささやき合っていたことに関係しているのだろう。
だが、それがヘンリーに関係があるなど、アンドルゥは少しも思っていなかった。あの屈託のない、優しいクラスメイトが、何かの犯罪に関係しているなど、どうしても考えることが出来なかった。
しかし、時間が経ち、いつまで経っても隣のドアが開く音がしない、となると、アンドルゥもやっと、それを考えずにはいられなかった。
ヘンリーに何かあったのかも知れない。
十時半の就寝時間には、まだしばらく時間はあったが、あのヘンリーが、自分をかばって怪我をしたアンドルゥのことを気に掛けず、皆とおしゃべりを続けているとは思えない。
アンドルゥは、何かに駆り立てられるように部屋を出て、談話室へと足を向けた。
皆が、一様にアンドルゥの方を、振り返る。
「あのパトカーは、何かあったのか?」
近くにいた一人に問いかけると、
「何かって、今頃――。ああ、君は病院に行ってたから、知らなかったんだな……」
そう言って、
「ヘンリーが……」
と、話を始めた。
胃の奥が、キュ、っと冷たくなった。
話によると、九時の点呼に出て来ないヘンリーを変に思い、一人が部屋を開けたところ、ベッドで意識もなく倒れるヘンリーを見つけた、という。
それだけではなく、ヘンリーが着ていた衣服は、強引に破いて引き剥がされ、何があったのかは一目瞭然たる酷さで、片腕は背中に回されたまま、誰かにつかまれていたような痕が赤く残り、体も誰かに犯されていた。
息はあるものの意識はなく、すぐに病院に連れて行かれたが、その後、校医のドクター・クラークが、舎監におかしな言動を見咎められて、警察への通報になったのだという。
「ドクター・クラーク……」
アンドルゥには、それだけで察することが出来る名前だった。あの男は、今でもアンドルゥをじっと見つめ、気が狂いそうになるような眼差しを送り続けていたのだから。――そう。今回のことは、きっと、全てアンドルゥが招いた結果なのだ。アンドルゥのせいで、ヘンリーは、こんな酷い目に遭ってしまった。
何をするか解らない男だったから、相手にせずに放っておいたというのに、こんなことになるのなら、放っておくのでは、なかった……。
握り締めたこぶしの中では、手のひらに爪が食い込んでいた。
――もう、誰にも容赦はしない……。
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