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番外編 幽霊(ゴースト)編

ゴースト 8

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 首都、カブールの人口は、この十年間で、三倍から五倍は増えていた。それだけ治安が安定してきた、ということもあるのだろうが、避難民や、難民キャンプからの帰還民を養うための援助物資は、ここにはほとんど届いていない。多くの援助団体があるにもかかわらず、それらは援助国の駐留部隊が駐屯するところに流れている、というのが現状で、弱者には行き渡っていないのだ。
 だからこそ医師団は、この地での活動を選択していた。
 十六夜秀隆からの花束は、代表であるドクター・ワ―スと、車椅子に乗るやせっぽっちの子供に贈られた。
 所謂いわゆる、メディア用のワンシーンである。
 まだ子供である司は、十六夜秀隆の強い意思により、メディア露出は禁止のため、刄と二人、医療現場の片隅で、その様子を眺めていた。――いや、司は、昨日のトルソー――ドクター・夏声の姿を探していた。
 もちろん、ここが病院であり、患者がいて、彼女が医師である限り、仕事をしているのが当然だろうが……。
 司は、刄の様子をチラッと見上げ、メディア向けの慰労、慰問シーンを眺めているのを見ると、そっと足を踏み出した。が――。
「どこへ行かれるのですか?」
 と、すぐに洋服の襟をつかまれる。
「……トイレ」
「ご一緒します」
 二人は足を踏み出した。
 そして、知ることになるのだ。この九歳の子供の悪運の強さを――。
「あら、昨日の――。そういえば、今日はお父さまが慰問に来られてるんだったわね」
 と、処置室のドアが開き、そこから夏声が姿を見せた。
 刄は咄嗟に顔を顰め、そしてすぐに、その顰めた顔を夏声に見られはしなかったかと、うろたえた。
 会いたくなかった訳ではないのだ、刄にしても――。顰めた顔を、そう誤解されるのも心配であったし、かといって、司の暇つぶしにされるのも……。
「あなたのお目付け役は、あなたがトルソーの医者と話をするのが不満みたいよ」
 刄の方を垣間見ながら、夏声が言った。
 やはり、見られていたのだ。
 ほんの軽い皮肉であったが、学生時代からそういう目を向けられてきた彼女には、気付いて当然のことであっただろう。
 それに応えたのは、司であった。
「本当にそう見えたのなら、あなたは医者に向いていない」
 刄をかばうその言葉は、厳しい眼差しと一緒だった。
 夏声の表情が、刹那に変わった。
「司様――」
 言いかける刄の言葉を遮るように、
「いいのよ。彼の言うとおりだわ。――ごめんなさい。私のひがみね」
 夏声は言った。
「……いえ」
 こんな時に、何を言っていいのかも、判らない。
 いつもそうだったのだ。彼女を前にすると、何も言葉が出て来なくなる。
「どこかで……会ったことがあるかしら?」
 刄を見上げて、夏声が言った。
 司の視線が、刄を見つめる。
 何から話せばよかったのだろうか。
 刄が切り出しかねていると、
「あ、ああ、ごめんなさい。別に口説いている訳じゃないのよ。私にはちゃんと婚約者もいるし――」
 慌てた素振りで、夏声が言った。
 言葉に迷う刄を見て、そんな誤解をしたのだろう。
 そして――婚約者……。
 そんな相手がいても、当然の年なのだ。たとえ、彼女が刄のことを覚えていたとしても……。彼女には、相応しい相手がいくらでもいる。
「いえ……。すぐに思い出せなかったので――。お会いしたことはないと思います」
 刄は言った。
 隣で司が、はぁ、と溜息をつくのが、見て取れた。まるで『馬鹿か』とでも言うように。
 だが、仕方がないではないか。今更、彼女に過去を思い出させても、どうなるものでもないのだから。
「そう、ね。――では、私はこれで」
 夏声はそう言って笑みを見せると、
「また会いましょう」
 と、司に言って、そのまま奥へと消えて行った。
 あとに残された刄と司は、
「せっかく、お膳立てしてやったのに」
「今後はご遠慮いたします」
 そして、
「トイレは向こうです」
「もういい」
「……」
 ――やっぱり……。


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