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番外編 幽霊(ゴースト)編
ゴースト 7
しおりを挟む翌日、紛争地区で活動する医師団の慰労のために、十六夜秀隆が司を連れて――もちろん、刄も同行したのだが――向かったのは、カブールの東部にあるアーメッド・シャー・ババ地区病院であった。
それを知った時の司の得意げな顔と言ったら――。
刄は早くも頭痛を覚え、何事も起こらないことを祈っていた。
何しろ、九歳の子供とはいえ、無鉄砲に好奇心を向けることにかけては、司は誰にも引けを取らないのだから……。
そして、夏声――。
彼女が生きていたなど――この広い世界の紛争の地で、再びこうして出会う日が来るなど、運命は二人に何をさせようとしているのだろうか。
「ドクター・刄。この先の花屋に、バシール中尉が花を注文してくれているはずだ」
スピードを落とす車の後部座席で、十六夜秀隆が言った。
「花……ですか?」
その刄の戸惑いにも、
「医師団を労い、怪我人を見舞うのに花は必要だろう?」
「は……」
「受け取って来てくれ」
「――かしこまりました」
花屋の前で、十六夜秀隆の運転手兼ガードが車を止め、刄は助手席から降りて、花屋に入った。
あの時、どうしても踏み入れることの出来なかった店内に、今は何のためらいもなく、入っていける。――いや、今は、ではなく、それは自分に関係のない場所だから、だっただろうか。
十六夜秀隆に言われたから――その理由があるから、入れるのだ。でなければきっと、あの時のように……。
名前を告げると、すぐに大きな花束が姿を見せた。それは、側で見ると気持ちが昂るほどに美しく、惹き寄せられるほどにいい匂いがした。
部屋を飾るぐらいしか意味のないものだと思っていたのに、実際に手にとって触れてみると、それには確かに人を歓ばせる何かが宿っていた。
だから、人は好意を寄せる人に、花を贈るのだろうか。
刄はその美しい花束を受け取り、車に戻った。
後部座席から司が顔を出し、大きな花束を覗き込む。
「手にとってご覧になりますか?」
刄が訊くと、
「いい。誕生日に、たくさんもらった」
「そうでしたね」
司には、もらい慣れているものの一つである。
年頃になった司に、贈り物をしたい、と思う男たちは、きっと何を贈っていいのか惑うだろう。どんな花も一度は手にしている司に、今更それ以上に歓ばせる花など浮かんでは来ない。どんなに珍しい花も、価値の高い花も、十六夜秀隆の息子である彼は、難なく手に入れることが出来るのだから。
車はそのまま北東へ進み、車内は花の香りに包まれていた……。
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