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番外編 幽霊(ゴースト)編
ゴースト 3
しおりを挟むチャル・チャタ・バザール――。
四つの屋根、という名前の付いた市場は、英国軍に破壊されるまで、噴水を囲むように、四つのバザールが開かれていたためで、今はその名残は名前だけだが、それでもここは商業の中心区で、ターバン用の絹はもちろん、銀製品、カンダハルの刺繍製品……様々な品と活気に溢れている。
バラ・ヒサールの城壁の中で、さすがに一時間も待たされると、十六夜秀隆も司を不憫に思ったのか、さっき、十六夜秀隆を案内していた尉官――バシール中尉が二人の前に姿を見せ、市街を案内するよう命じられました、と畏まった。
「……退屈で死ぬかと思った」
司は今までの不遇に口をとがらせ、それでも、やっと解放された気分のままに、ジープを降りて、バザールに立った。
バシール中尉がパシュトン語で何か言ったが、すぐに英語に直し、
「博物館や廟を案内するように、ということでしたが……」
と、言葉を濁した。
当然、司は、
「あとでパンフでも買うからいい」
と、気にも留めず、刄も、バシール中尉を憐れむように、視線を向けた。
確かにここも市街地の中の案内ではあるが、連れて行け、と言われた場所と違うところで降ろすのは、命令を受けることに慣れた軍人には、とてつもなく不安になることであっただろう。
かつての刄も、上官の命令に従うことこそ、軍人の務めであると思っていたのだから。
そんな雰囲気を感じるまま、司と刄、そしてバシール中尉は、賑やかなバザールへと踏み出した。
肩から銃を下げる軍人が歩いていても、誰も驚きはしないのか、この街ではこれも日常のことなのか、興味の視線も気にならなかった。
司にとって、異国にあるものはどれもみな珍しく、庶民の生活の傍らにある品々は、用途不明のものに至るまで、博物館以上に好奇心を満たした。その一つを手に取り、
「ドク――」
と、声をかけて、傍らの刄を見上げると、
「……」
刄はそんな言葉など聞こえていないように、一点をじっと凝視していた。
まるで、信じられないものを見たかのように……。
「――どうかしたのか?」
そんな刄の様子に、司が視線の先へと目を移すと、アジア系のトルソーの姿が目についた。
二十代の後半――刄と同じ年くらいだろうか。長い髪を無造作に束ね、この国の人々と同じような長袖のワンピースに幅広のズボンを履いている。勝ち気そうなその瞳は、生き生きと人生を謳歌していた。
「知り合いなのか、ドク?」
もう一度、司が声をかけると、刄はハッとしたように視線を戻し、
「……。いえ……」
と、少し考えるように、それだけを言った。
もちろん、司に納得できる返答ではない。
「昔の、コレ?」
と、小指を立てると、
「……そんな下世話な表現を、どこで覚えられたのですか?」
頭痛を堪えるように、刄は言った。
「香港の菁」
やっぱり――と、その心の呟きが聞こえるような顔で、
「――ったく……」
と、溜息をつき、
「軍医大時代の友人に似ていただけです」
「ぼくの声も聞こえないくらい、見てたのに?」
「……。幽霊に知り合いはいませんから」
刄は言った。
「幽霊?」
何よりも魅力的な言葉を聞いたかのように、司は瞳を輝かせ、
「行くぞ、ドク。ぼくも幽霊と話がしたい」
と、そのトルソーの方へと翻った。
「え――。司様!」
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