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番外編 刄/軍医大編
刄/軍医大編 5
しおりを挟むそれが人を想う心であり、恋であると知ったのは、まだ少し先のことであった。
そんな感情など教えられず、全てを押し殺した世界で生きて来たのだ。――いや、死んでいたのかもしれない。
だが、今は、こうして、生きている、と思えるひと時がある。
夏声は、今まで刄が知らなかった、必要でないものまで見て回るショッピングや、手をつないだり、腕を組んだりする、ちょっと困った気恥ずかしさ、そして、異国から来た恋愛映画……そんな、生活していく上で少しも役に立たない、それでも、大切と思えるものを与えてくれた。
時には、臨床医学に対する意見の食い違いでケンカをしたり、互いに成績を競い合ったり――良きライバルであり、友人だった。
「――友人? ……あのねェ、私はこの三カ月、あなた以外とは寝てないのよ」
呆れるような口調の夏声を前に、刄は、
「え……?」
と、訳が解らず、首を傾げた。
「え? じゃないでしょう。もっと他の言い方はないの?」
「他って……」
突然、そんなことを言われても――。
「……悪い。よく解らない。気に障ったのなら――」
「もういいわよっ。私が言った後で言ってもらったって、少しも嬉しくはないんだから」
「……」
――嬉しくは、ない……。
それはそうだろう。こんな、ごく当たり前の生活など初めてのことで、他人を喜ばせるような言葉など、刄は何一つ知らないのだから。彼女が腹を立てるのも、無理はない。
彼女のように快活で、利発な人間は、他の友人たちと共にいた方がいいのだ、きっと。
「……次の医学実験技術も取るから、もう行くよ」
刄はそう言って、腰を浮かせた。
別に、席を離れるのに、理由を付ける必要などなかったかもしれないが――いや、以前の刄なら、きっと何も言わずに席を立っていただろうが、今は、出来るだけ彼女を気遣いたくて、何とかその言葉だけを、席に残した。
胸の奥が、苦しいほどに、痛んでいた。
嬉しくない――と、彼女に言われたその一言が、体中を巡る棘のように、冷たい痛みを送り続ける。
余計なことを考えていては、次の講義に差し支える。成績を落とすわけにはいかないというのに。
――何のために?
殴られないために?
蹴り飛ばされないように?
いや、もうそんなことに怯えるような年でも、ない。
それなら……。
捨て駒のように戦地に送られ、死んで逝った、同じ名前の孤児たちのようにならないために……?
だとすれば、それは、ドクター・刄の称号を与えられるためにここにいる刄と、一体、どれほどの差があるというのだろうか。
何の変わりもありはしない。
ただ、同じように、死への道を歩いているだけなのだから……。
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