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XX Ⅱ 

XX Ⅱ-33

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「――ならば、この《イースター》にいる〈XX〉たちを、おまえは今すぐ解放してやるというのか? その意思のままに行きたい所へ行き、やりたいことをやらせてやれ、と――。そして、今度は本当に絶滅させてしまうのか?」
「――」
「誰かがやらねばならぬのだ、この非道なことを――。種の存続、という大義名分がある限り。そして――。ここが十六夜の表の《イースター》と、どう違うというのだ? 動植物なら人間の都合で絶滅種を甦らせてもよいが、人間だけは違うというのか?」
「それは――。それは、あなたの傲慢だ!」
「いや、おまえの傲慢だ、司。――生命とは、生きようとするもののことを言うのだ。ここの〈XX〉たちは生きている。そして、生きるためにここにいる。ならば、誰かが生かしてやらなくてはならないのだ」
「……」
 もう何も判らなかった。何が正しくて、何が間違っているのか……。父、十六夜秀隆の言っていることの方が正しいのか、自分の抱えて来た思いの方が正しいのか……。
 確かに、ここにいる者たちは生きている。実験を治療という言葉に置きかえて、見て見ぬふりも出来るだろう。
 だが――。
「地上へ戻るがいい、司。おまえは随分、大人になった。だが、混乱したままでは話は出来ない。――また、いつか来ればいい……」
 また、いつか……。
 この《イースター》の行く末を決めるために……。いや、《イースター》の行く末を決めるのは、今しかない。
「ぼくは十六夜の総帥、十六夜司です。そのぼくのめいにより、あなたをこの《イースター》から追放する、お父さま」
 司は面を上げて、毅然と言った。そして、傍らの刄へ向け、
「ドク、拘束して、地上へ連れ戻せ!」
「はっ!」
 刄は、手前の部屋と奥の部屋を遮る御簾を上げ、司の命令のままに踏み出した。
「やはり、おまえはそうするか、司」
 解っていたかのように、十六夜秀隆は言った。そして――。
 刄が十六夜秀隆に手をかけた刹那、一発の銃声が響き渡った。
「く――っ!」
 動きを止めたのは、刄だった。
 だが、何が起こったというのだろうか。
 十六夜秀隆の手には、銃があった。たった今、引き金を引いたばかりの銃である。
「ドク――っ!」
「ドクター・刄!」
 司もアンドルゥも、その刄の元へと床を蹴った。
 刄がその場に崩れ落ちる。
 刄の心臓を穿った銃痕を確認した時、十六夜秀隆の姿は、すでにそこから消えていた。
 そして、司の母親の姿も見当たらなかった……。




 あの日から、司の何かが変わってしまった。
 何が、と言われても応えようがないが、確かに以前とは違っていたのだ。
 もちろん、司は以前と同じように振舞っている。笑いもするし、怒りもする。
 だが、それは、たとえようもなく儚くて、触れれば解ける雪のように、消えてしまいそうな雰囲気を纏わせていて……。
 あの日、結局、刄は目を開くこともなく、何も言わないままに逝ってしまった。司にただの一言も――最後の言葉さえ残さず、突然、逝ってしまったのだ。あまりに突然、泣くことも出来ないほど、突然に……。
 まさか、十六夜秀隆が、司や刄に銃を向けるなど、誰が思っていただろうか。彼には自分の娘でさえ、《イースター》の一部でしかなかったのだと――あの時、司は思い知らされたのだ。そして、司のめいで十六夜秀隆に逆らった刄は、殺されてしまった……。
 それから、全てが変わったのだ。
 誰もが、司が刄の後を追って死んでしまうのではないかと危惧していた。菁も、アンドルゥも、桂でさえ、片時も司から目を離さなかった。
 だが、司はそんな素振りもなく、いつもと同じように朝に目醒め、夜に眠り、変わりない生活を繰り返した。本当にいつもと変わりなく。
 だから、誰もが不安に思った。
 いつか、不意に、司が消えてしまうのではないか、と……。
 気がついた時には、すでに正気ではなくなっているのではないか、と……。
 いっそ、刄のために泣いて――大声で泣いて、誰かに縋ってくれれば、どれほど安心できただろうか。誰でも構わない。たとえそれが自分ではない誰かでも、司が頼って泣いてくれるのなら……そう思わない日は、一日もなかった。
 桂のように、泣いて、泣いて、狂うほど泣いて、そして……いつか泣きやんでくれれば、と……。
 今でも司は朝に目醒め、階に乳をやり、仕事をし、普段と変わりなく暮らしている。
 周りで見ている者にとっては、それが辛すぎて、たまらないのだ……。
 何故、泣いてくれないのか、と……。
 そして、誰もがそれを口に出せないままに、月日だけが流れていた。


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