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XX Ⅱ 

XX Ⅱ-19

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 翌朝――。
 陽の射し込むガラス張りのテラスには、心地良さそうな六人掛けの丸テーブルに、朝食の準備が整っていた。
 だが、
「何だ、二人とも、その顔は……?」
 朝食のテーブルに出て来た刄と菁の顔を見るなり、司は何も覚えていないかのように、そう訊いた。――いや、本当に覚えていないのかもしれない。あれほど疲れ果てて、夢現の状態だったのだから。
 二人は傷だらけの腫れた顔をして、まるで殴り合いの喧嘩でもしたかのようで――いや、したのだが。
「別に。寒さと雪に足を取られなければ、医者ごときに一発でも喰らいはしなかったさ」
「冗談を。あの雪で命拾いをしたのは、あなたの方です」
「何だと――」
「よせよ。やるなら、外に行けよ」
 昨日と同じセリフを吐いて、司は食卓のパンをちぎった。
 桂が不安そうに、その様子を見守っている。
「……。フンッ! 雪はもうたくさんだ」
 殴り合いよりも、その寒さの方が余程堪えたらしい。もし、その寒さと雪がなければ――二人が本気で殴り合えば、それくらいの怪我では済まなかっただろう。
 無言の朝食が続く中、
「今頃、朝食の時間ですか? もう十時を過ぎていますよ。昨夜は皆で夜更かしですか?」
 と、また、ややこしい人物が姿を見せた。
 アンドルゥ・F・グレヴィル――。司の傍まで来て、髪に口づけ、
「今日もとてもきれいだ」
 と、女性に贈る賛辞を零し、
「せっかくだから、僕もお茶だけいただきます。――で、お二人ともどうしたんですか、その顔は?」
 と、その場の空気を読むこともせず、さっき終わった話を蒸し返す。
「こいつを摘み出せ、ドクター・刄」
「彼は、ウォリック伯の御子息です。――それに、あなたに命令される覚えはありません」
 さらに険悪な雰囲気になってしまった。
 司は一つ溜息を零し、
「――で、今日は何の用なんだ、アンディ? 子供はまだ生まれないし、君のものにもならないけど、他に用があるかい?」
 と、意味を含む眼差しで、ゆで卵を割る。
 それを聞いたアンドルゥが、不思議そうに眉を寄せた。
「僕のものになる? それはどういう意味ですか?」
「君の精液をドクが調べた。精漿のみで、精子は一つもないと言っていた。――生殖能力がないんだろ、アンディ? 見た目は完全な男だけど、君の染色体は〈XXY〉――半陰陽モザイクだ」
 その言葉に、アンドルゥの表情が少しだけ、変わった。
 どうやら、間違いはないらしい。
 自然妊娠の時代なら、〈XXY〉も一〇〇〇人に一人程度の割合で生まれる、そう珍しくもないものではあるが、今のこの管理された世界では、それは明らかな培養過程でのミスであり、極めて稀な染色体異常であると言わざるを得ない。彼もまた、司と同じく異端なのだ。
「……。そうですか。賭けだったんですけどね。やはり、あの時やめておくべきだった」
 自嘲のように、アンドルゥは言った。
「ぼくと結婚すれば、クリスの子が手に入る。自分の子は作れなくても、クリスの子がいれば、ウォリック伯爵家の血は途絶えない。――ぼくの父に見せたレポート、と言うのも、君自身の染色体異常をまとめたものだったんじゃないのかい?」
 司は訊いた。――いや、返事を待つための問いではなかった。答えはすでに出ているのだから。
「まあ、そういう気が少しもなかった訳ではありませんが、少し間違っているところもあります。ぼくは確かに〈XXYモザイク〉ですが、大抵の〈XXYモザイク〉は精子が皆無ではありません。女性との――たとえばあなたとの性交で、自然妊娠を望めるか、と言われれば無理ですが、少ない精子を取り出して、子供を作ることはできます。だから、ぼくも期待しているのです。次は精子が見つかる、と……」
 何故だか可愛そうな気がしないでも、なかった。わずか十六歳の子供に突き付けるべき事実ではなかった、と――。
 だが、彼の目的が解らない以上、一つ一つ潰していくしかない。
「今回は、僕の負けです。――あの日、あなたの誘いを拒めなかったのですから、仕方がありません」
 あの日――。急に「部屋で休みたい」と言い、寝室へアンドルゥを誘い、目の前で着替えた司に……。
 アンドルゥのその言葉に、表情を変えたのは、菁だった。

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