《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

XX Ⅱ

XX Ⅱ－１１

「それ以来、ずっと持っています」
　アンドルゥの言葉は淀みなく、嘘をついているようにも聞こえなかった。もちろん、彼のような賢い人間なら、それくらいの嘘を本当に見せるのは、他愛のないことであっただろうが。
「そう……。父が……」
　司は、どう判断していいのか判らずに、呟くように言葉を落とした。
　柊のことを思い出したせいか、湖畔の風の冷たさのせいか、一気に体が冷えて行く。その様子に気づいたのか、
「屋敷に戻ろう、司」
　菁が言った。
「でも――」
「彼も来るさ。――そうだろう？」
　と、アンドルゥの方を振り返る。
「ええ。まだ返事を聞いていませんから」
　にっこりと笑って、アンドルゥは言った。
　果たして、彼の話はどこまで信用できるのだろうか。
　わずか十五、六歳の子供に、ここまで振り回されるとは……。




　部屋の暖かさは、司が思っていた以上に、心を落ち着かせてくれるものであった。――いや、それは部屋の脇に控える、刄の存在所以であっただろうか。
「この寒い中、出歩くのはやめてくださいと申し上げたはずです。連れ戻しに行って、ミイラ取りがミイラになる方もどうかと思いますが――」
　と、菁にも一瞥を送り、
「そちらは……」
　と、続いて入って来たアンドルゥを見て、眉を寄せる。
「ウォリック伯爵家の三男坊だそうだ」
　軽い口調とは裏腹、目配せで危険を告げるように、菁は言った。
「クリストファー様の……｣
「アンドルゥ・Ｆフェナー・グレヴィルです」
　また、あの笑みで、アンドルゥは言った。聡明な学生らしい、快活な笑み――。
「司様の――十六夜の主治医で、刄と申します」
「知っています。――いえ、あなたを見た時に、そうではないかと思いました」
「は？」
　刄には戸惑うしかない言葉であった。湖での出来事など知りもしなかったのだから。
「最初は彼がそうかと思いましたが――」
　と、菁を垣間見、アンドルゥは、
「主人の体を撫で回したりはしないでしょうから」
　と、少し皮肉げに言葉を被せる。
「見ていたのなら、さっきのプロポーズを取り消して、イートンに帰ったらどうだ？　司は子供の玩具じゃない」
　菁は面倒くさげに言葉を投げ捨て、司を胸に引きよせると、抱きかかえたままソファに座り込んだ。
「あなたの玩具でもありません。――何故、黙っているのですか、司さん？　彼の手が求めているのがあなたではないから、ですか？」
　何もかも見透かしているように、アンドルゥは言った。澄んだ湖面を覗き込むような、底まで見える透明な蒼碧あお――。その瞳に誰もが、凍りついた。
「同情は何も生みません。あなたは、自分への愛は拒むのに、他人の代用の愛なら受け入れるのですね。――そして、他人の代用だから、と黙って見ているドクター・刄。――あなたが二人に嫉妬しないのは、彼らが愛し合っている訳ではないと知っているからでしょう？」
　挑戦的とも思える瞳であった。
　彼は――ひょっとしたら、柊よりも危険な人物ではないのだろうか。底が知れないのだ。わずか十五、六歳の子供であるというのに、その洞察力と勘の良さは、気味が悪いほどに的確で。
　十六夜秀隆が彼のレポートを買い取り、研究室に出入りさせていたのは、その優れた能力を見抜いたからなのかも知れない。