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XX Ⅱ 

XX Ⅱ-9

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「初めまして、十六夜司さん」
 背後の木立から姿を見せたのは、まだ十五、六歳の少年だった。その金髪と青い瞳には、クリスの面影を宿している。ウォリック伯爵家にゆかりの人間であることはすぐに知り得た。そして、流暢な日本語だった。クリスが日本語を話すのを聞いたことはないのだから、彼が独自で学んだものなのだろう。
「――君は?」
 そう訊いたのは、司ではなく、菁だった。訝しそうに、というよりも、「またか」という苛立ちの方が勝っている。
 また、誰かが司を責めに来たのか、と――。
 しかし、
「僕は、グレヴィル家の三男で、アンドルゥと言います。――お会いするのは初めてですね。いつも、イートン(英国名門寄宿学校パブリックスクール)の学寮ハウスにいるので、クリスの婚約が決まってからも、結局、一度も会えなかった。クリスもロンドンには帰って来なかったし――。あ、あなたを責めている訳ではないのですよ」
 少年は言った。
「なら、何の用だ――」
 菁の苛立ちに、
「いいんだ、菁。ぼくが話す」
 司は、菁の言葉を遮って、アンドルゥと名乗る、まだ幼さすら留める面差しの少年を真っ直ぐ見据えた。少年と言っても、司よりも背は高いし、肩幅もある。菁や刄に比べれば未熟な体でも、やはり男である以上、根本から司とは造りが違うのだ。
 司は、アンドルゥの前に足を進め、
「初めまして、アンドルゥ。クリスのことは何を言われても――」
「勘違いしないでください」
 優しげな笑顔で言葉を遮り、アンドルゥは、
「あなたを責めるつもりはない、と言ったでしょう? クリスは大人だったし、あなたを愛していた」
「……」
「一度、あなたに会いたかった。クリスが何故、父の決めた政略結婚を受け入れて、ロンドンにも戻らず、あなたと過ごしていたのか――。あんなに厭がっていたのに……」
 次男のグレアムとは随分、気性が違うらしい。兄弟の中で、一番しっかりしているのかも知れない。この年にしては、落ち着いている。
「クリスは、ぼくに頼みに来たんだよ。ぼくの方から結婚を断って欲しい、と――」
 その日を思い出しながら、司は言った。
「そうでしょうね。クリスは爵位を継ぐ立場だったから、何一つ自由がなかった。結婚も進路も、全て父が決めた通りに進むしかなかった。本人は、あの通り優しい人だから、結構好き勝手に過ごしているさ、なんて、遊んでるところを見せたりもしてたけど……」
 そう……。クリスはそういう人だった。
「――で、君はぼくを見て、それで満足して帰るのかい?」
 少し皮肉をこめて、司は訊いた。
 一向に、相手の真意が見えて来ない苛立ちのためだったかも知れない。
 それに気づいたように、
「あ、ああ、すみません」
 アンドルゥは謝り、
「いえ、違います。――実は……あなたと結婚するために来ました、司さん」
「は……?」
 司も菁も、その言葉には、ただ唖然とするだけで、言葉を返すことも出来なかった。
 それはそうだろう。どこかの学校の制服らしきものを着た子供が、突然、何の前触れもなく、当たり前に結婚を申し込んだのだ。すぐに理解出来なかったのも無理はない。
 一体、何を考えているのだか……。


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