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XX Ⅱ
XX Ⅱ-7
しおりを挟む司につかみ掛かるグレアムに、刄が事情を知らないままに、一撃を放つ――。
「よせっ、ドク! 彼はクリスの弟だ!」
「……え?」
司の言葉に、刄の動きが寸前で止まった。
グレアムも、突然のことに、振り上げたこぶしのことも失念している。
「……クリストファー様の?」
「ああ。グレアム・C・グレヴィル……。そう聞いた」
襟元を締め付けていたグレアムの手も、今は苦痛でないほどに緩んでいる。
「そういえば面差しも似て……。ですが、これは一体――」
「こいつは、クリスが死んでたった二カ月で、他の男と戯れ合っていたんだ。そんな人間を見て腹を立てるな、とでも言う積もりか?」
刄の言葉に被せるように、グレアムが怒りを吐き出した。
「他の男……?」
眉を寄せ、刄は、
「あなたの誤解です、ミスター.グレアム。司様は、クリストファ様のことを――」
「なら、このチビに聞いてみろ。昨日、庭に出て何をしていたかを、な」
昨日――。やはり昨日、森の向こうに見えた反射光は、刄の見間違いではなかったのだ。
グレアムは再び、司の胸倉を締め上げた。
「く……っ」
「司様!」
司の苦鳴に、刄は、ハッとして足を踏み出した。
「おまえがクリスの代わりに死ねば良かったんだ! クリスと結婚するのが嫌なら、クリスを殺さず、おまえが死ねば――っ。おまえだけは何があっても許さない――っ!」
怒りに満ちたこぶしが持ち上がった。
司の横っ面めがけて、そのこぶしが振り下ろされる。
ガツ、っと鈍い音がした。
「ドク――っ」
声を上げたのは、司だった。
咄嗟に司をかばって間に入った刄の頬には、グレアムのこぶしが刺さっていた。でなければ、司の顔をまとも穿っていただろう。司は避けるでもなく、じっとそこにいたのだから。
「私は大丈夫です……」
刄は応え、
「グレアム様、司様は今、子――普通の体ではありません……。殴って気が済むことなら、私を」
と、グレアムの瞳を真っすぐに見据える。
「ハッ! 貴様を殴ったところで気など済まないさ。そのチビが――クリスを殺した人間がのうのうと生きている限り」
「司様は――っ」
「これで終わりじゃない。殺されるのが怖ければ、今日から眠らないことだ」
呪詛のような言葉を吐き捨てて、グレアムは森の向こうへと姿を消した。兄たるクリスと違って、かなり血の気が多いらしい。
「司様……」
刄の心配が、声を通して伝わって来る。
「命を狙われるのは、今に始まったことじゃないさ。柊がいた頃からそうだ」
「しかし、今のあなたは普通の体では――」
「骨は折れなかったかい、ドク?」
さっきのこぶしの具合を問うように、司は訊いた。
「え、あ、はい。あの程度では……」
「クリスは彼を可愛がっていたんだろうな……。あんなに感情を素直に表す弟だ。喜ぶ顔を見るのが楽しみだっただろう」
「……」
「行くぞ、ドク。――菁も、ぼくを捜し回っているんだろう?」
「はい。あなたが黙って出掛けられたので……。これからは、一人で出歩くのはおやめください」
「……他の全ては変わっても、その言葉だけは変わらないな」
「……。口癖ですから」
雄大なカナダの自然の中に、昔を懐かしむような時間が、流れた。もう決して戻れはしないと解っているのに、それでも人は昔を振り返る……。
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