上 下
99 / 443
XX Ⅱ 

XX Ⅱ-7

しおりを挟む

 司につかみ掛かるグレアムに、刄が事情を知らないままに、一撃を放つ――。
「よせっ、ドク! 彼はクリスの弟だ!」
「……え?」
 司の言葉に、刄の動きが寸前で止まった。
 グレアムも、突然のことに、振り上げたこぶしのことも失念している。
「……クリストファー様の?」
「ああ。グレアム・C・グレヴィル……。そう聞いた」
 襟元を締め付けていたグレアムの手も、今は苦痛でないほどに緩んでいる。
「そういえば面差しも似て……。ですが、これは一体――」
「こいつは、クリスが死んでたった二カ月で、他の男と戯れ合っていたんだ。そんな人間を見て腹を立てるな、とでも言う積もりか?」
 刄の言葉に被せるように、グレアムが怒りを吐き出した。
「他の男……?」
 眉を寄せ、刄は、
「あなたの誤解です、ミスター.グレアム。司様は、クリストファ様のことを――」
「なら、このチビに聞いてみろ。昨日、庭に出て何をしていたかを、な」
 昨日――。やはり昨日、森の向こうに見えた反射光は、刄の見間違いではなかったのだ。
 グレアムは再び、司の胸倉を締め上げた。
「く……っ」
「司様!」
 司の苦鳴に、刄は、ハッとして足を踏み出した。
「おまえがクリスの代わりに死ねば良かったんだ! クリスと結婚するのが嫌なら、クリスを殺さず、おまえが死ねば――っ。おまえだけは何があっても許さない――っ!」
 怒りに満ちたこぶしが持ち上がった。
 司の横っ面めがけて、そのこぶしが振り下ろされる。
 ガツ、っと鈍い音がした。
「ドク――っ」
 声を上げたのは、司だった。
 咄嗟に司をかばって間に入った刄の頬には、グレアムのこぶしが刺さっていた。でなければ、司の顔をまとも穿っていただろう。司は避けるでもなく、じっとそこにいたのだから。
「私は大丈夫です……」
 刄は応え、
「グレアム様、司様は今、子――普通の体ではありません……。殴って気が済むことなら、私を」
 と、グレアムの瞳を真っすぐに見据える。
「ハッ! 貴様を殴ったところで気など済まないさ。そのチビが――クリスを殺した人間がのうのうと生きている限り」
「司様は――っ」
「これで終わりじゃない。殺されるのが怖ければ、今日から眠らないことだ」
 呪詛のような言葉を吐き捨てて、グレアムは森の向こうへと姿を消した。兄たるクリスと違って、かなり血の気が多いらしい。
「司様……」
 刄の心配が、声を通して伝わって来る。
「命を狙われるのは、今に始まったことじゃないさ。柊がいた頃からそうだ」
「しかし、今のあなたは普通の体では――」
「骨は折れなかったかい、ドク?」
 さっきのこぶしの具合を問うように、司は訊いた。
「え、あ、はい。あの程度では……」
「クリスは彼を可愛がっていたんだろうな……。あんなに感情を素直に表す弟だ。喜ぶ顔を見るのが楽しみだっただろう」
「……」
「行くぞ、ドク。――菁も、ぼくを捜し回っているんだろう?」
「はい。あなたが黙って出掛けられたので……。これからは、一人で出歩くのはおやめください」
「……他の全ては変わっても、その言葉だけは変わらないな」
「……。口癖ですから」
 雄大なカナダの自然の中に、昔を懐かしむような時間が、流れた。もう決して戻れはしないと解っているのに、それでも人は昔を振り返る……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...