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沙希伶(シャシイリン) ――XX外伝――

沙希伶 ――XX外伝―― 5

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 そろそろ稼がなくては、もう空腹を満たす金もない。
 日も暮れた宵、希伶は、ポケットに残る小銭を手のひらに取り出し、また、それをポケットに突っ込んだ。
 もちろん、沙の屋敷に戻れば、食べるものは出て来るし、何不自由のない生活をすることが出来る。
 それでも――。
「あいつ、金持ちだったよな……」
 希伶は思い出すようにそう呟き、中環セントラルへと足を向けた。
 高校も出ておらず、保護者や身元引受人の名も告げられない希伶が出来る仕事といえば、限られている。その線の細い容姿も手伝って、手っ取り早く稼げるこの仕事で食いつなぐことは、いわば当然の成り行きであったかも知れない。
 中環セントラルは、今日も観光客やショッピングに訪れる客、そして、行き交うビジネスマンの姿で溢れていた。
 その中心部に建つ、ひと際立派で、美しいデザインのビル――香港の大財閥、李グループの本社ビルである。そのビルを見上げ、
「李、なんて、よくある名前だけど……」
 まさか、財閥の御曹司が、気まぐれで少年街娼を助けたりはしないだろう。たまたま同じ姓なだけで……。
「――買いそうにないかな、あいつは」
 ビルの前まで来たものの、この間の様子からしてそう思い直すと、希伶はくるりと翻った。
 すると――。
「僕に用かと思って降りて来たんだが、違ったのか?」
 皮肉げで、それでもからかうような温かみのある声が、背中に届いた。
 見れば、この間と同じように、高級なスーツを身にまとう、切れ長の目をした長身の青年が立っていた。
 李菁――。警官に大枚を叩いて、希伶を助けてくれた男である。
「別に……」
 希伶が言いかけると、
「ああ、ちょっと待っていてくれ。もうニューヨークからの連絡が入る時間だ。それを受けたら、今日は帰れる」
 と、菁は忙しなげに時計を垣間見、
「ラウンジで何か飲んでいてくれ」
 と、希伶の片腕をつかんでビルに入ると、右手に設えられたラウンジに来て、
「この子に何か飲み物を」
「かしこまりました、ミスター・李」
 そして、希伶はウエイターに促されるままにテーブルにつき、アイス・ティーを頼んだのだった。
 こんなものでは、腹も膨れはしないのだが。
 それにしても……。
 このガラス張りのビルのどこかから、希伶の姿を目に止めて、わざわざ下まで降りて来てくれたのだろうか。
「――これなら、買ってもらえそうかな」
 希伶は呟き、アイス・ティーに添えられたクッキーを口に放り込んだ。


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