69 / 443
沙希伶(シャシイリン) ――XX外伝――
沙希伶 ――XX外伝―― 5
しおりを挟むそろそろ稼がなくては、もう空腹を満たす金もない。
日も暮れた宵、希伶は、ポケットに残る小銭を手のひらに取り出し、また、それをポケットに突っ込んだ。
もちろん、沙の屋敷に戻れば、食べるものは出て来るし、何不自由のない生活をすることが出来る。
それでも――。
「あいつ、金持ちだったよな……」
希伶は思い出すようにそう呟き、中環へと足を向けた。
高校も出ておらず、保護者や身元引受人の名も告げられない希伶が出来る仕事といえば、限られている。その線の細い容姿も手伝って、手っ取り早く稼げるこの仕事で食いつなぐことは、いわば当然の成り行きであったかも知れない。
中環は、今日も観光客やショッピングに訪れる客、そして、行き交うビジネスマンの姿で溢れていた。
その中心部に建つ、ひと際立派で、美しいデザインのビル――香港の大財閥、李グループの本社ビルである。そのビルを見上げ、
「李、なんて、よくある名前だけど……」
まさか、財閥の御曹司が、気まぐれで少年街娼を助けたりはしないだろう。たまたま同じ姓なだけで……。
「――買いそうにないかな、あいつは」
ビルの前まで来たものの、この間の様子からしてそう思い直すと、希伶はくるりと翻った。
すると――。
「僕に用かと思って降りて来たんだが、違ったのか?」
皮肉げで、それでもからかうような温かみのある声が、背中に届いた。
見れば、この間と同じように、高級なスーツを身にまとう、切れ長の目をした長身の青年が立っていた。
李菁――。警官に大枚を叩いて、希伶を助けてくれた男である。
「別に……」
希伶が言いかけると、
「ああ、ちょっと待っていてくれ。もうニューヨークからの連絡が入る時間だ。それを受けたら、今日は帰れる」
と、菁は忙しなげに時計を垣間見、
「ラウンジで何か飲んでいてくれ」
と、希伶の片腕をつかんでビルに入ると、右手に設えられたラウンジに来て、
「この子に何か飲み物を」
「かしこまりました、ミスター・李」
そして、希伶はウエイターに促されるままにテーブルにつき、アイス・ティーを頼んだのだった。
こんなものでは、腹も膨れはしないのだが。
それにしても……。
このガラス張りのビルのどこかから、希伶の姿を目に止めて、わざわざ下まで降りて来てくれたのだろうか。
「――これなら、買ってもらえそうかな」
希伶は呟き、アイス・ティーに添えられたクッキーを口に放り込んだ。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
側妃のお仕事は終了です。
火野村志紀
恋愛
侯爵令嬢アニュエラは、王太子サディアスの正妃となった……はずだった。
だが、サディアスはミリアという令嬢を正妃にすると言い出し、アニュエラは側妃の地位を押し付けられた。
それでも構わないと思っていたのだ。サディアスが「側妃は所詮お飾りだ」と言い出すまでは。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る
電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。
女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。
「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」
純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。
「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」
TRACKER
セラム
ファンタジー
2590年代後半から2600年代初頭にかけてサイクス(超常現象を引き起こすエネルギー)を持つ超能力者が出現した。 生まれつき膨大な量のサイクスを持つ主人公・月島瑞希を中心として心理戦・策略を張り巡らせつつ繰り広げられる超能力バトル/推理小説
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
魔力無しと虐げられた公爵令嬢が隣国で聖女と呼ばれるようになるまで
砂礫レキ
恋愛
ロゼリア・アシャール公爵令嬢は父の命令で魔法の使用を封じられている。
ディジェ魔法国では貴族は全員固有魔法を持ち、魔法が使えないロゼリアは無能令嬢と蔑まれていた。
一方、異母妹のナビーナは治癒魔法に優れ聖女と呼ばれていた。
だがアドリアン王太子の婚約者に選ばれたのはロゼリアだった。
ロゼリアは魔力量だけはどの貴族よりも多かったからだ。
嫉妬したナビーナはロゼリアに嫌がらせを繰り返す。
そして婚約者のアドリアン王太子も無能令嬢と呼ばれるロゼリアに不満を抱いていた。
しかし王はロゼリアの膨大な魔力を王家に取り入れる為婚約解消を絶対許さない。
二人の嫌がらせは日々加熱していき、とうとうロゼリアの身に危険が迫った
仕方なく魔法を発動させ窮地を脱したが封印を破ったことでロゼリアの身を激痛が襲う。
そんな彼女を救ったのは黒髪に紫の瞳を持つ美しい青年だった。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる