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XX Ⅰ

XX Ⅰ-52

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 緑の庭は、暑い陽差しに涼しい木陰を作っていた。
「ドクター.刄、日本の十六夜様からお電話が入っております」
 使用人が電話を片手に、緑の庭へと姿を見せた。
「十六夜? 私に?」
「はい。十六夜柊様、と伺っておりますが」
 その言葉に、桂の顔が真っ蒼になった。
「うっ! うっ!」
 見る間にうろたえ、芝生の上に体を丸めて、蹲る。ガタガタと震え、頭を抱え込むその姿は、この屋敷の使用人には戸惑うしかないものであっただろう。
「あの……?」
 と、事情を解せないように、首を傾げる。
「電話はここで取る。置いて行ってくれ」
 戸惑う使用人に言葉を返し、刄は、蹲る桂の背中に手を差し出した。
「桂、ただの電話だ。――さあ、おいで、私がいる」
「う……」
 桂は、刄が差し出す腕の中に、すっぽりと丸く入り込んだ。それだけで安心できる、とでもいうように。
 それを見て刄は、電話を取った。
「代わりました、刄です」
 短く告げると、
「一度だけ言う。すぐに十六夜の屋敷に戻れ。これは、私――十六夜柊の命令だ」
 耳に届いたのは、有無を言わせぬその言葉だった。
 だが――、
「あなたの命令には従いません、柊様。私は司様の主治医です。司様以外、誰の命令も受けません」
「ほう……」
 微塵の揺るぎもない刄の言葉に、柊が感嘆にも似た声を、一つ、零した。
「司に見捨てられても、まだ主治医気取りとはな」
「……。御用がそれだけなら、私はこれで――」
 電話を切ろうとすると、
「まだだ。桂は私の使用人だ。今すぐ十六夜へ帰国させろ」
 最高の切り札を使うように、柊が言った。
「これは、私から桂への命令だ。――解ったな、ドクター.刄?」
 嘲笑うような冷たい声が、夏の庭に、影を落とす。
 無論、黙ってその命令を受け入れることは出来なかった。桂は、柊の名前を聞いただけで、パニックを起こす状態なのだ。その桂を、一人で柊の元へ返すわけにはいかない、
「彼は……桂は私のものです。結婚します」
 刄は言った。
「結婚? クックッ……。これはいい。アハハハハ――っ!」
 高らかな笑いが、周囲の樹木を騒めかせた。
 腕の中で、桂が刄の顔を不思議そうに見上げている。唐突に零れたその言葉は、桂にとっても思いがけないものであったのだろう。ポーとしながら、それでも嬉しそうに、刄の胸の中へと顔を埋める。
「結婚……します。もう、あなたの元へは返しません」
 刄は、引くことの出来ない言葉を繰り返した。――いや、嘘をつき通す、と決めた時から、引けないことは、解っていた。
「クックッ……。それは楽しみだ。祝福してやろう。日取りも私が決めてやる。八月十六日だ」
「八月……十六日……。その日は――っ」
「司が二十歳を迎える日だ。めでたいことは多いほどいい。これからずっと、司の誕生日と、君たち二人の結婚記念日を共に祝える、という訳だ。――いい考えだろう?」
「……」
「八月十五日、そこへ迎えをやろう。司は十六夜のグループを正式に継ぐために、君は桂と結婚するために、共に戻って来るがいい。――いや、私が迎えに行く。一月後が楽しみだ」
 電話は、低い笑いを残して、楽しげに、切れた。
 受話器を握る指が、白く、染まった。
 歯車が空しく、空回りを、する。
「たかが……嘘一つだ……」


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