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XX Ⅰ
XX Ⅰ-31
しおりを挟むドアを激しく叩きつける音が、廊下にまで漏れている。
それだけでは、ない。何かを引っ繰り返すような音も、した。
布を引き裂く音も、する。
刄は、部屋の中で起こっていることに気づいて、ハッとした。頭の中から消えなかった司の表情やクリスの言葉――そんなものも振り払って、我に返る。
ドアの鍵を開けて中に入ると、部屋の中では、顔や体に白いガーゼを貼る少年が、錯乱状態で暴れていた。あの時、柊の冷酷さに怯え、裏庭の池に落ちてケガをした沢木桂である。
「やめるんだ、桂!」
片っ端から部屋の物を投げ、壊していく姿を見て、刄は桂の元へと駆け寄った。
だが、桂はすでに酷いパニック状態で、
「ああっ! あっ!」
と、叫びながら枕や布団を引き裂いている。刄の声も聞こえていないらしく、もちろん姿も目に入ってはいない。
「桂っ! 私はここだ! ドクター.刄はここにいる。どこにも行かない」
「うぅ……! う……っ!」
「こっちを向くんだ、桂!」
刄は、桂の肩を掴み、自分の方へと振り返らせた。それでもまだ手足をバタつかせ、力任せに暴れ回る桂の動きを封じるように、抱きしめる。
すると桂は、やっと仁の存在に気付いたのか、暴れるのをやめた。
「あっ……う……」
刄の顔を茫と見上げ、しっかりと胸にすがりつく。
「……悪かった。一人にさせる積もりはなかったんだ。君が目を覚ます前に戻って来る積もりで……」
「う……う……」
「ああ、どこにも行かない。怖がる必要はないんだ。私がずっと側にいる……」
痛いほどにしがみつく桂の背中を軽く叩き、刄は優しく声をかけた。
桂は鼻を啜り上げて、泣いている。彼はもう、一人では生きて行くことも出来ないのだ。舌を失っただけでなく、正気さえも奪われた今は――。
「もう泣かなくてもいい。約束しただろう? 私がずっと側にいる……」
――ずっと側に……。
あの時、刄が桂に声をかけなければ、こんな風にしてしまうこともなかったのだ。柊に脅え、池に落ち、鯉に皮膚を食いちぎられ――そのショックで、桂は声だけでなく、心までも失ってしまった。一人になればさっきのように、半狂乱になって暴れ回る。刄の姿が見えないだけで、追い詰められてパニックになる。舌を抜かれた時の痛みと、今度は柊に眼を潰されるかも知れない、という恐怖が、桂をパニックに追い込んでいるのだ。
たとえ柊に言われずとも、刄は自ら責任を取り、桂と共にいることを決めただろう。
「あっ、あっ」
桂が、暴れて剥がれたガーゼを示して『痛い』という顔をして見せた。傷が見えることが痛いのだろう。
「ああ。新しいガーゼに替えてやろう。もう少し落ち着いたら、傷も消してやる」
「う……」
「痛くはない。眠っている間に終わる」
暖かく、そして、それ以上に哀しい時間は、季節を持たないように過ぎて行った……。
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