上 下
10 / 443
XX Ⅰ

XX Ⅰ-9

しおりを挟む

 ドアにノックが届いたのは、司が髪を乾かし、着替えを済ませた後だった。
「会長、ロード・ウォリックの御子息がお戻りになりました」
 蝶ネクタイを結ぶ使用人が、招かれざる客の再訪を、告げる。
 司にとっては、顔どころか、名前も知らない婚約者である。
「さあて、どんな男だか」
 別段、関心も無い上に、結婚するつもりもない相手であるから、気負うこともない。
 司は、刄の広げる上着に腕を通して、部屋を出た。
 仕立ての良いスーツが、華奢な肢体を美しく、彩る。
 絨毯を敷き詰めた階段を降り、二人はホールを横切り、サロンへ向かった。
 古き良き時代には、あらゆる生活の中心だったというホールも、時代の流れと共に価値を変え、よりプライベートな空間が好まれるようになった頃から、親しい客との語らいの場はホールから寝室に移り、ホールよりも小規模なダイニングが設けられるようになり、と、今ではすっかり、パーティのためだけの空間と化している。
 ウォリック伯の子息もホールではなく、サロンの方へと通されていた。
 壁に掛かる何枚もの肖像画や、きらめくシャンデリア、見事なマントルピースに彩られる暖炉や、趣のある家具調度……住む人を偲ばせる、格調高い一室である。
 そこに、ウェーブの掛かった長い金髪を背で一つに束ねる青年が、いた。青碧珠の瞳も、貴族然とした姿勢も、司には見覚えのあるものであった。
「先程は失礼を、ミスター.司・十六夜。改めて、クリストファー・G・グレヴィルです」
 優雅な物腰と、少しからかいを含める仕草で、湖で逢った青年――クリスは言った。
 司は驚いたが、それは刄も同じだったようで、
「司様、彼……クリストファー様とは、もうお会いに?」
 と、戸惑いを浮かべる。
 口を開いたのは、クリスだった。
「ああ。さっき、君に馬を借りて時間つぶしをしていた時に、ね。――クス……。私の婚約者が、こんなに可愛らしい人だったとは知らなかった」
 含み笑いが、かんさわる。
「掛けさせてもらってもいいかな?」
「……どうぞ」
 何もかもが優雅な物腰だった。
「先日は、パーティを欠席して失礼を」
 これ以上くだらない話を続けるつもりもなく、司は話を本題に戻した。
「構いませんよ。まあ、父はかなり腹を立てていたようですが、ぼくは気にしていませんから」
 なら、何のために押しかけて来たというのだろうか。
「……今日は何か御用で?」
「ええ。実は、ぼくは君との結婚のことを聞かされないまま、あのパーティに連れ出されていたもので。君のことも、パーティの後、父が君の兄君に電話を掛けているのを聞いて、初めて知った具合で――。何しろ、父の声は部屋の外にまで聞こえるほどの大きさで、本当にぼくと君を結婚させる積もりがあるのか、と君の兄君に怒鳴っていたもので、ね。あのパーティが君とぼくの婚約パーティだった、ということも、その時、知った」
「……ぼくも同じですよ。パーティを欠席した後、兄の口から初めて聞いた」
「君も? では、ぼくとの結婚が厭で、パーティをすっぽかした、という訳ではなかったのですか」
 少し驚いたように、クリスは言った。
 今は一六〇年前とは違って、結婚の対象も男であるように、恋愛の対象も男である。環境に適応しようとするのは、他の生物も人間も同じで、その意識改革は、進化というゆっくりとした形ではないにせよ、最早この〈XY〉だけの世界では、覆しようのないものになっている。
 だが、当然、好き嫌いはある訳で、それが政略結婚ともなると、お互いが相手を恋愛の対象とせずに嫌うことなど、一六〇年前の男女の世界と変わらない。
「気分が悪くて行けない、と連絡したはずですが」
 司は言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...