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XX Ⅰ
XX Ⅰ-9
しおりを挟むドアにノックが届いたのは、司が髪を乾かし、着替えを済ませた後だった。
「会長、ロード・ウォリックの御子息がお戻りになりました」
蝶ネクタイを結ぶ使用人が、招かれざる客の再訪を、告げる。
司にとっては、顔どころか、名前も知らない婚約者である。
「さあて、どんな男だか」
別段、関心も無い上に、結婚するつもりもない相手であるから、気負うこともない。
司は、刄の広げる上着に腕を通して、部屋を出た。
仕立ての良いスーツが、華奢な肢体を美しく、彩る。
絨毯を敷き詰めた階段を降り、二人はホールを横切り、サロンへ向かった。
古き良き時代には、あらゆる生活の中心だったというホールも、時代の流れと共に価値を変え、よりプライベートな空間が好まれるようになった頃から、親しい客との語らいの場はホールから寝室に移り、ホールよりも小規模なダイニングが設けられるようになり、と、今ではすっかり、パーティのためだけの空間と化している。
ウォリック伯の子息もホールではなく、サロンの方へと通されていた。
壁に掛かる何枚もの肖像画や、きらめくシャンデリア、見事なマントルピースに彩られる暖炉や、趣のある家具調度……住む人を偲ばせる、格調高い一室である。
そこに、ウェーブの掛かった長い金髪を背で一つに束ねる青年が、いた。青碧珠の瞳も、貴族然とした姿勢も、司には見覚えのあるものであった。
「先程は失礼を、ミスター.司・十六夜。改めて、クリストファー・G・グレヴィルです」
優雅な物腰と、少しからかいを含める仕草で、湖で逢った青年――クリスは言った。
司は驚いたが、それは刄も同じだったようで、
「司様、彼……クリストファー様とは、もうお会いに?」
と、戸惑いを浮かべる。
口を開いたのは、クリスだった。
「ああ。さっき、君に馬を借りて時間つぶしをしていた時に、ね。――クス……。私の婚約者が、こんなに可愛らしい人だったとは知らなかった」
含み笑いが、癇に障る。
「掛けさせてもらってもいいかな?」
「……どうぞ」
何もかもが優雅な物腰だった。
「先日は、パーティを欠席して失礼を」
これ以上くだらない話を続けるつもりもなく、司は話を本題に戻した。
「構いませんよ。まあ、父はかなり腹を立てていたようですが、ぼくは気にしていませんから」
なら、何のために押しかけて来たというのだろうか。
「……今日は何か御用で?」
「ええ。実は、ぼくは君との結婚のことを聞かされないまま、あのパーティに連れ出されていたもので。君のことも、パーティの後、父が君の兄君に電話を掛けているのを聞いて、初めて知った具合で――。何しろ、父の声は部屋の外にまで聞こえるほどの大きさで、本当にぼくと君を結婚させる積もりがあるのか、と君の兄君に怒鳴っていたもので、ね。あのパーティが君とぼくの婚約パーティだった、ということも、その時、知った」
「……ぼくも同じですよ。パーティを欠席した後、兄の口から初めて聞いた」
「君も? では、ぼくとの結婚が厭で、パーティをすっぽかした、という訳ではなかったのですか」
少し驚いたように、クリスは言った。
今は一六〇年前とは違って、結婚の対象も男であるように、恋愛の対象も男である。環境に適応しようとするのは、他の生物も人間も同じで、その意識改革は、進化というゆっくりとした形ではないにせよ、最早この〈XY〉だけの世界では、覆しようのないものになっている。
だが、当然、好き嫌いはある訳で、それが政略結婚ともなると、お互いが相手を恋愛の対象とせずに嫌うことなど、一六〇年前の男女の世界と変わらない。
「気分が悪くて行けない、と連絡したはずですが」
司は言った。
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