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ヒュドラ― - 蛇
寡黙な男 2
しおりを挟む「……。解っているわ。あなたは父の病院欲しさに私に近づいて来る男とは違うもの。自分のことばかり解ってもらおうと、みっともないほどにベラベラ喋り出す口先だけの男とは……。でも、日本のことや、毎日のちょっとしたことを話してくれるくらい、何ともないことでしょう? あなたの仕事に立ち入っている訳じゃないわ」
ドナは寂しさを交えるように、椎名を見上げた。
想いを寄せる男のことを知りたい、と思うのは、決して彼女ばかりではなかっただろう。男でも、女でも、人を好きになれば、そう思う。
だが――。
「履歴書なら、君のお父様のところにある」
冷たいとも思える口調で、椎名は言った。彼はいつもそうなのだ。いつも、些細な詮索にさえ応じようとはしない。
「……他に好きな女性がいるの?」
ドナは訊いた。
「いや」
何も問い返せなくなる言葉だった。坂道に止められた車のように、止め方を間違えればそのまま加速をつけて制御も掛からず転がり落ちてしまうような。
坂の多いこの街では、起こり得る危険を前提に、特別な車の止め方をしなければ罰金を科される。椎名の言葉は、起こり得る危険など微塵も恐れてはいない――もう、全てを捨ててしまった男のような言葉だっただろうか。
「……また、研究室が増えたのよ」
窓の外を見つめて、ドナは言った。
「何の?」
「さあ……。知らないわ」
「知らない? JNTの科学者たる君が?」
「四年前にスイスの製薬会社に買収されてから、元来のJNTの人間は、向こうの送り込む学者と、はっきり色分けされているのよ。私たちの入れないセクションは一つや二つじゃないわ」
買収した側と、買収された側の構図である。
「なるほど。――君のお父様は何て? スイスのRS製薬会社とは無関係じゃない。病院でもRS社の薬を使っている」
椎名は訊いた。
「何も言ってくださらないわ。お父様は、私を優秀な精神科医と結婚させたいだけですもの。ビルが死んでからずっとそう……」
自嘲のように瞳を伏せ、ドナは想い出と重ねるように、唇を歪めた。結婚してわずか三年で喪服を着たのだ。
「お父様は君が心配なのさ」
「もう二度と結婚なんてしたくないと思っていたわ。あなたに逢うまでは……」
「……」
「三年前、ビルが死んで、お父様も病院を継いでくれる婿養子を失くして……。お父様に紹介されたのも、あなた一人じゃないのよ。娘が心配なのか、病院が心配なのか判らなくなるわ」
車は、寂しさの余韻を乗せて、夜に沈んだ。
このサンフランシスコの霧がそうさせたのかも、知れない……。
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