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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 43
しおりを挟む一方、こちらでは――。
「さあさ、白烏殿、どうぞ一献。この時代の酒は格別ですよ」
おっとっと、と盃に酒を注ぎながら、玲瓏な容姿に似合わない惚けた口調で、黄帝は言った。
彼の目の前には、『白烏』と呼ばれた、美しい白髪と赤い目の、凛とした顔立ちの青年が腰かけている。羽飾りが襟元を飾る白い衣装を身につけて、さながら、この世の鳥たちの王のように――。
「死んでから酒が飲めるとは思うておりませんでした」
白烏が言うと、
「私の家は、三次元にある訳ではないので、四次元の存在であろうと姿形を持って存在することができるのです。――そういえば、以前には死霊の青年が迷い込んで来たこともあったような……」
「そうなのですか。――その御方は、今は?」
「成仏されて、次の生のために、ここではない処へ行かれました」
「では、私も、有雪が呑んでいた、この酒というものを堪能したら、其処へ行くことにしましょう」
「後ほどご案内しましょう。千年ぶりの邂逅だというのに、こんなにすぐにあなたと彼を引き裂いてしまったお詫びに」
黄帝の言葉に、白烏は静かに笑い、
「確かに千年の時は、途方もなく永い日々でした。有雪の肩に爪を立てたくなるほどに――」
と、皮肉げな眼差しを持ち上げる。
「彼もあなたに爪を立てられたくて待っていますよ、彼の地で――。とはいえ、この世とあの世では時の流れが違うため、彼には千年の時も十年ほどでしかありませんが」
「なら、よかった。有雪はああ見えても寂しがり屋ですから」
もし、当人が聞いていたら、照れ隠しの言葉を吐き捨てて、早々に退散していただろう。
「――時に、白烏さん。千年前に私がお話した件は考えていただけましたか?」
とても真面目な話をしているとは思えないのんびりとした口調で、黄帝が訊いた。
彼は一体、白烏にどんな提案をしていた、というのだろうか。
「いいえ、一度も」
月の神のような青年の言葉に惑わされることもなく、あっさりと白烏は言ってのける。
そんなことなど考えたこともなかった、と。
ただ有雪のことだけを考えて生きていたのだ、と。
「あなたなら――、と思ったのですがねェ……」
黄帝は少し唇を曲げ、再び盃を酒で満たすと、
「鷹や梟の猛禽はもちろん、同じ種である烏にさえ狙われやすいあなたの白き姿は、神秘の色でもあるはず……。こうして、多くの天敵に襲われながら、千年の時を生き抜いて来たことにしても――。黄玉芝は不死の霊芝ではなく、不老長生の役割しか持たないのですから」
急所を狙われれば、刹那に命を落としてしまうほどに――。
「私が千年の時を生き抜いてきたのは、有雪のため――。帝王になるためではありません」
やはり、きっぱりと、白烏は言った。
今ここに花乃や有雪、角端や玉藻前、そして、舜や索冥がいたら、唖然としていたに違いない。『黄帝が帝王にしようと思っていたのは、花乃ではなく白烏の方だったのか!』と――。
「惜しいですねェ……。魔物や人の帝王はいても、獣帝はまだ誕生していないのですよ。あなたが『うん』と言ってくださるのなら、何処かに眠るあなたの麒麟を、私が必ず探して来るというのに――。骸もこうして残してあることですし」
黄帝の傍らには、東京の花乃の自宅でいつの間にか消えてしまった白烏の肉体があった。
「私に必要なのは麒麟ではなく、有雪――。彼だけです」
そう語る白烏の面貌は、この上なく幸せそうなものだった。
「鳥の王にそれほどまでに想われる陰陽師とは、さぞ優れた人物なのでしょう」
「いえ、彼はただの酒呑みの、居候です」
白烏が笑うと、黄帝も同じように優しく笑った。
そして、二人はしばらく酒を酌み交わし……。
「有雪に今回の裏話を話して聞かせるのが楽しみです」
「彼ならきっとすぐにあなたを見つけて、酒の匂いのことを問いただしますよ」
「ええ、そうでしょうね……」
――きっと……。
了
最後に――。
快くコラボを承諾してくださったsanpoさん、ありがとうございました。
人様のキャラを死に追いやる、などという展開にも理解を示してくださったこと、心より感謝いたします。
読んでくださった皆さま、竹比古は決してsanpoさんのキャラを軽んじて、白烏の最後を決めたわけではありません。sanpoさんの描かれる物語の中での二人(有雪と白烏)の絆を、竹比古の小説の中でも表現してみたい、と思ったからです。
その想いをsanpoさんに伝え、承諾をいただき、こうして物語にすることが出来たことを嬉しく思います。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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