上 下
491 / 533
十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 32

しおりを挟む

 角端の姿が見えなくなってから、索冥は、蓬莱山の中腹にある山の切れ目のような洞窟に、ふと思い立って足を向けた。
 そこは、不老長生の仙薬、黄玉芝の生える、この世で唯一の場所である。
 この蓬莱山は、辿り着く者も少ないが、この黄玉芝を手に入れることのできる者は、さらに少ない。
 上芝は車馬の形、中芝は人の形、下芝は馬、牛、羊、豚、犬、鶏という六種の家畜の形をした神芝で、車には雨や日差しを避けるためのきぬがさがあり、茸のような形をしているという。
 裂け目のような細い洞窟を奥へと進むと、澄んだ湖面の中央に、小さな浮島が佇んでいるのが見通せた。
 そして、その小さな浮島には――。
「なんだよ、黄玉芝がないじゃないか! 枯れたのか?」
 こっそり後からついて来ていた少年、舜が言った。彼は本来、黄玉芝とは無縁の不老長生の一族の生まれだが、少し前にこの黄玉芝を求めて、この洞窟に訪れたことがあるので知っているのだ。その時は結局、黄玉芝を手に入れることなく、帰って行ったのだが。
「……必要とする者が現れた、ということだ」
 索冥は言った。
「ここまで来た人間がいるのか?」
「さて。俺も見ていたわけではない。その内知れる時が来るだろう」
 恐らく、角端が持って行ったのに違いない。索冥もそうだったから、角端の思う処は察することが出来た。永遠に近い生命を持つ麒麟にとって、数十年の生命しか持たない人間は、刹那を駆ける流星のような存在なのだ。夜空に輝き続ける帝王星になることはない。
 そして、儚い命に翻弄される帝王を見ていることは、何より、辛い。
 もちろんそれは、麒麟が思う身勝手なもの、なのかも知れないが。
「クソっ! オレの黄玉芝だと思ってたのに」
 一度は採るのをやめたクセに、他人に採られたことが判ると、勿体なく思えてしまうらしい。死に切れない忌まわしい運命を背負う身であるというのに、舜は悪態を口にした。
「もしかしたら、黄玉芝の霊力を追えば、誰が採ったか判るんじゃないかな?」
 スケルトンのブタの貯金箱の中から、灰の姿の青年、デューイが言った。
「ああ、そうか! あれって、霊気を持ってたものな」
 と、舜。
 もちろん、索冥には聞き捨てならない。
「おまえら、霊気を追い駆けるつもりなら、黄帝を呼ぶぞ」
 この黄帝とは、その少年が何よりも嫌っていて、何よりも苦手とする父親のことである。その父親に自分の行動を窘められる(もしくは、厭味を言われる)となれば、殺してやる、などという現実味のない脅し文句よりも、余程、この二人――いや、舜を引き止める力がある。
「このドケチ麒麟!」
 本当に、帝王の素質などあるのだろうか、この少年に……。




 もしかして――。
 もしかして、自分は、有雪にこの時代に残って欲しいのだろうか。
 花乃は、わずか数日で自分の心のほとんどを占めてしまった有雪の存在に、今まで感じたことのなかった切なさと、辛さを感じた。
 猛に恋をしていた頃は、弾むような気持と、猛に好かれることだけを考えて、恋に恋する自分を可愛らしいとさえ思っていたのに、有雪に対する思いは、こんなにも苦しい。
 ずっと一緒にいられる人ではない、と解っているから。
 必ず別れる日が来ることを知っているから。
 そして、自分が愛されることなど考えずに、側にいて愛していたいと思うばかりだったから……。
「この時代の服も着心地は良かったが、気慣れぬ服は動きにくい上に、大切な父御の服を汚してしまっては申し訳ないからな」
 鈍感なのか、そう装っているのか、花乃の寂しさになど微塵も気付かないように、有雪が言った。
 哀しいけれど、判っている。そうした方がいいのだ、ということなど。
「その石、まだ持ってるの?」
 鹿苑寺で拾った『捨て呪』の石を、再び袂に入れる有雪を見て、花乃は訊いた。
 もうあの黒い靄が宿っているわけでもなく、今はただの石ころなのだが。
「これには一度、あの憑き物を封じるための呪が刻まれている」
「え? どこに?」
 米粒に字や絵を書くというアートを見たことがあるが、あんな風に小さな文字がびっしりと刻まれていたりするのだろうか。――そう思ったが、
「呪は目に見えるものではない」
 ――なーんだ。
「別のモノに、新たに呪を刻んで憑き物を封じるよりも、この石に刻まれた呪を使う方が遥かに易い」
「……九尾狐を封じるとか?」
「馬鹿を言え。あれはこんなものに易々と封じられるような輩ではない」
 なら、無用の長物ではないか。――いや、あの黒い靄のようなものが戻って来ることがあれば別だが、もう何日も経っているし――。
 いつまでも、こんな風に、話をしていることは出来ないのだろうか。
 また、センチメンタルな自分に浸っていると、それに水を差すように、からすの鳴き声が割り込んだ。何の変哲もない一声だったが、有雪の形相が途端に変わり、慌てて窓へと駆け寄ったのだ。
 まさか、烏を見るのも初めてだ、とかいうわけではないだろうが……。
 ――まさか、ね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

処理中です...