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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 30
しおりを挟む「どういうことなんだ? あんたが一言いえば、彼女は何でも歓んで言う通りにしてくれるんじゃなかったのか?」
「や……いや……。京都でデート中に仕事に戻ったのがいけなかったのかなぁ?」
ハハハ、と乾いた笑いを絞り出して、猛は自分を睨む坂崎に言い訳をした。
「仕事? 女とホテルに行くのがか?」
「そっ、それは言わない約束で――」
「約束なんて言葉は、守れる奴が口にするものだ」
その後も散々厭味と皮肉を浴びせられ、猛はむしゃくしゃしながら花乃が向かうと言っていた、塚原が入院している病院へと足を向けた。坂崎に言われっぱなしなのも腹が立ったし、花乃が自分の思い通りにならなかったことにも苛立っていたのだ。
「世間知らずの箱入り娘のクセに!」
その箱入り娘を手懐けようとしていたクセに、という天の声は聞こえないのである。
自分勝手な思いを胸に抱え、塚原の病院へ着くと、ちょうど花乃ともう一人、背の高い青年が三階の病棟からエレベーターで降りて来たところだった。長い髪を一つに束ねる、そこそこ――猛に言わせれば、そこそこ整った顔立ちの男である。
二人で何やら楽しげに話をしながら、入口を入ったところに立つ猛には気づきもせずに出て行ってしまう。
ついこの間まで、デートの約束はもちろん、猛からのメール一つでも跳び上がるほどに歓んでいたというのに。
猛の方から声をかけて引き止めるのは、癪に障った。花乃の方から摺り寄って来るのが当然なのだ。
――あの男さえいなければ……。
猛は自分も病院の入り口から翻り、駅に向かう道を歩き始めた。
すると見知った女が通りの先に立っていた。とびきりの美人である。
「あら、偶然ね。こんな処で会うなんて」
魅惑的な瞳で、その女は言った。グラマラスな肉体に張り付くようなタイトな装いは、見せつけるような色香に包まれている。京都のホテルで気ままなひと時を過ごした女、玉藻である。
偶然なんかであるはずがない。
――この女は、俺を追いかけて来て、待ち伏せていたに違いない。
猛はそうとしか思えないこのシチュエーションに、自信を持ってそう確信した。
何しろ猛は顔もルックスもその辺りにいる男どもとは比べ物にならない最上級クラスで、声をかけて落とせなかった女など今までいないのだから。――数えるほどしか。
もちろん、その程度の女にしか声をかけて来なかった、という自覚は、猛にはない。
だから、目の前の玉藻にもこう言ったのだ。
「先に用を済ませて来るから、一時間後に連絡をくれないか」
この言葉以外は思いつかなかった。
だが――。
「自惚れないでちょうだい。私、人のモノにしか興味がないのよ」
今までとは打って変わった侮蔑の眼差しで、玉藻が言う。
「人のモノ……?」
猛には理解できない言葉だった。――いや、言葉というよりも、自分がそんな風にコケにされている、ということが理解できなかったのだ。
「あの小娘が気に入ってるみたいだったから、ちょっとつまみ食いしてみただけよ」
負け惜しみでも何でもなさそうに、玉藻は言った。
確かにこの魅力的な女が言うのなら、それは本当のことなのだろう。――誰もがそう思ったに違いない。
しかも、猛が面食らって何も言えずにいると、
「でも、あなた、もうあの小娘の大事なものじゃなくなったみたいだし、私も興味が無くなったわ」
と、小さく肩を竦めて、通り過ぎる。
もちろん、このままで猛の気がおさまるはずもない。
「おい――」
と、呼び止めたが、猛が全部を口にする前に、玉藻の方が振り返り、
「それとも、あの小娘を壊す勇気でもあるのかしら?」
と、唇の端を持ち上げた。
――壊す……。
「壊せば、聖虫もあの器から出ると思うのよねェ……。で、こっちの器に入ってくれればいいんだけど」
そう言って玉藻が差し出した手には、楕円に近い形の瑪瑙の玉が乗っていた……。
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