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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 18

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 嫌な予感がしないではなかったが、その先を訊かずにはいられなかった。
「失くしたのか?」
 有雪の問いは、玉藻前が訊きたかった問いでもあっただろう。
「失くしたというか……。初デートが上手く行きますように、ってお守りに持って行ったら、数珠の紐が古くなってたみたいで切れちゃって、バラバラになったの」
「は……?」
 有雪は呆れたが、玉藻前はそれどころではないようで、
「それは何処でじゃ!」
 と、声を荒げる。
「すぐそこだけど……。家を出てちょっと行った――」
 聞くが早いか、玉藻前の姿は神棚の前から消えていた。
「あ、でも、全部拾ったわよ。ブーツのかかとで踏んで割れた分も――」
 花乃の言葉に、有雪は瞠目すると共に、口もあんぐりと開けていた。
 天から降りて来た聖虫で出来た聖石――その霊力に満ちた天珠を、こんなモノの価値の解らない娘に与え、挙句の果てに壊れる運命に任せてしまうなど……その人物もまた、浅はかな考えのない人間であったに違いない。――いや、天珠の霊力を感じ取れない時点で、ごく普通の人間なのだろう。
「やっぱり、壊れたせいで霊力が無くなって、さっきの人にも感じ取れなくなっちゃったのかしら?」
 残念そうに、花乃が言った。
 玉藻前ほどに必死さがないのは、やはりまだ、たかが石にそんな霊力が宿っている、などということを、ほぼ信じていないからに違いない。天から聖虫が降って来た、などという伝説も、あり得ない~っ、くらいに思っているのだろう。
 有雪とて、チベットという国も知らなければ、《白蛇天珠》という伝説の聖石のことも知らないが、数千年の時を生きる九尾狐が欲しがるもの、と聞けば、その価値がどれほどのものか、見当は付く。
「――で、白蛇天珠は今どこにあるのだ?」
 有雪は訊いた。
「私の部屋よ」
 こうして二人はすぐに部屋に戻ったのである。
 そして、忘れていたのだが、花乃の部屋には……。
「あ、そうそう、こっちは――」
「軽々しく朕のことを下賤の者に語るな」
「……」
 下賤の者、というのは、この場では間違いなく有雪のことなのだろう。――で、当人がそう言うからには、言った本人は、遥かに高い身分を持つに違いない。
 それでも、その高飛車な物言いに似合わず、こたつにちょこんと入って、きちんと待っている辺りが愛らしい。やはり、顔立ちが整っているせいだろうか。幾分、贔屓目に見てしまう。
 もちろん、下賤の者呼ばわりされたことに、ムカっと来ていない訳ではなかったが。
「女狐が来ていたであろう?」
 紹介もさせず、名乗りもせずに、年端もいかぬ子供の姿の高貴な御方は訊いた。
 恐らく――というか、それは、あの神棚から出て来た美しい姫の姿の九尾狐のことに違いない。
 有雪が黙っていると、
「白エビ天重を探しに行ったわ」
 箪笥チェストの上のオルゴールに手を伸ばして、花乃が言った。そして、
「探さなくても、ここにあるんだけど」
 と、オルゴールを開いて見せる。
 そこには、数珠を形成していた丸い石が十五粒ほどと、元は楕円に近い形状であったと思われる白蛇天珠の残骸があった。きっと、踏まれて壊れてしまう前は、黒の地色に白い模様の入った美しく磨かれた石であったに違いない。


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