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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 17

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 有雪を前に、その九尾狐は言った――。
「そなたの時代より千年余先の京師――いや、今は京都と呼ばれている。同じ地、違う時に在る京の都じゃ。平安の世でも、じきにその呼び名が広まるであろう」
 ここが、同じ地、違う時代に在する京の都だと――。
 確かに、そう考えれば納得できる。
 一条堀川に田楽屋敷がないのも、通りの名前だけが同じで、景観がすっかり変わっているのも、人々の装いや、町を行き交う全てのものが変わっているのも、知らない寺が存在するのも――。
 ――千年!
 それだけの時が流れたために、京師はすっかり様変わりしていたのだ。
 当然、田楽師の双子も、検非遺使もいないだろう。
 玉藻前の口から告げられた言葉に、有雪はしばし言葉を失くした。
 そして、そんな有雪の代わりに口を開いたのが、二階から降りて来たばかりの花乃だったのだ。
「嘘……っ! タイムスリップとか言うんじゃないわよね? そんなこと絶対に――」
 あるわけない、と言おうとしたのだろうが、今日一日で起こったことを振り返ってみれば、そんなことは言えなくなってしまうに違いない。
 何しろ、呪いの力で指に小石が食い込んだまま離れず、蛇の鱗に覆われそうになってしまった――などという絶対起こり得ないことが起こってしまった一日だったのだから。
「たいむ……なんとかかどうかは知らぬが、千年の時を生きて来た九尾狐が言うのだから、本当なのだろう」
 有雪は言った。
 すると、クスクスと玉藻前が笑い、
「妾はそれほど若くはないぞえ」
 と、たかが千年の時の流れに皮肉を送る。
「――で、ここで何をしようというのだ?」
 稲荷神を祀った神棚があるとはいえ、御使い狐をたぶらかして、神棚を別荘代わりに使っている訳ではないだろう。もしそうなら、有雪もあやかりたいものである。こんなうまい酒が山ほど並ぶ別荘など、まさに極楽! 九尾狐でなくとも棲み憑きたくなる。
「陰陽師に用はない……といいたいところだが、先日より白蛇天珠しろえびてんじゅの気配がせぬ」
「白蛇天珠?」
「そなたは知らぬであろうな。あれは、この世のものではない石じゃ」
 玉藻前の言葉に、
「――ええっ!」
 と声を上げたのは、有雪ではなく、花乃だった。
「私、知ってるわ、その!」
 と、あっさりと妖かしの前で、隠しもせずに口に出す。
 だが、名前の覚え方は間違っている……。白蛇と書いて白エビと読むのはその通りだが――。それではまるで、白いエビが美味しそうな天ぷらになり、重箱に詰められているかのようではないか。
 ――頼むから、敵に手の内をさらす前に、俺に切り札を渡してくれ……。
 有雪が頭を抱えたのも無理はない。――果たして、どちらに?
 向こうの欲しい情報だけが明かされて、こちらの知りたいことは、何一つ見えないままなのだから。――いや、ここが異世界などではなく、千年の時を経た京師だということは判ったが、それだけでは……。
「ほう。――で、今、何処にあるのじゃ?」
 さすがにその問いには警戒しなくては、と思ったのか、
「どうして?」
「……」
 玉藻前がわずかに苛立つ気配が見えた。
 相手はたかが人間の小娘――。力づくで奪ってしまえばいいものを、そうしないのには何か訳があるのかも知れない。
「あれは、天から降りて来た聖虫が、生命を持つままに聖石と化して霊力を宿したもの――。数千年前の古代チベットで、高僧たちが守っていたものの一つじゃ」
 もちろん、そんなことは花乃にしてみればただの伝説で、真実味のない昔話のひとつだったかも知れない。
 だが、有雪には、玉藻前同様、その石の価値が刹那に判った。
 玉藻前の話では、天から降りて来た聖虫が石になったものの中でも、《白蛇天珠》と呼ばれるものは高位の僧から授けられる徳の証で、あらゆる幸運を招くと云う。特に、天珠の模様が持つ摩訶不思議な力と磁場は魔性を破り、罪障や厄難を退けるらしい。富も、長寿も、健康も、幸運も、全て守護される聖石なのだ。
 無論、現在伝わっているものは、その伝説を模したものに過ぎないが、もし本当に、天から降りて来た聖虫が聖石となった天珠が存在するのなら……それを手にした者は、全ての幸運を約束された者、ということになる。
「あれって、そんなに凄いものだったの……? ただの数珠かと思ってた」
 ぽかん、とした顔で、花乃が言った。
 どうか、それ以上の情報は、目の前の九尾狐に渡さないで欲しい。
 そんな有雪の願いを知ってか知らずか、
「もっと早く教えてくれればいいのに……」
 と、花乃はがっかりとした様子で、言葉を続けた。
「あの数珠――白エビ天重だっけ?」
 いや、そんな美味しそうなモノではなく、白蛇天珠しろえびてんじゅ
「知ってたら絶対、持ち歩かずに大切にしたのに……」


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