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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 15

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 ふと目を醒ましたが、真っ暗闇ではない。
 それに、酒を飲んで眠ったにしては、寝醒めがいい。
「ふむ……。良い酒は目醒めに響かぬか」
 有雪は体を起こし、自分の頭の下に敷かれていたクッションの柔らかさに、
「これも心地良いものじゃ」
 と、いつの間にか眠ってしまった自分のために、花乃が敷いてくれたであろう心遣いに、感謝した。
 真っ暗闇でないのは、窓の外に明かりがあるかららしく、この世界では夜も不自由なく歩ける光に満たされているらしい。
 自分が何故こんな世界に引き込まれてしまったのかは判らないが、取り敢えず目の前には問題があり、放っておけない相手もいる。
 ごそごそと袂を探って飛礫を取り出し、
「のう、石よ。おまえにあれを封じた輩は、何を考えておったのじゃ?」
 石が応えてくれるわけもなく、諦めてこたつから立ち上がる。
 行き先は、神棚が祀られている一階の店舗部分である。こたつを抜けると流石に冷えるが、田楽屋敷のことを思えば、建物の気密性が高いのか、隙間風も何もなく、驚くほどに外気が遮断されている。
 これも、この世界の凄いことの一つだった。
 明かりが落とされた酒蔵の店舗に入ると、ぴりぴりと肌が総毛立つような何かを、感じた。
「やはり、あれか」
 花乃から聞いた神棚を見上げ、有雪が言うと、
「ほう。『捨て呪』の件といい、この『扉』のことといい、陰陽師というのは伊達ではないらしい」
 三社宮の真ん中の扉が開いたかと思うと、そこから雅やかな美しい絵羽えば掻取かいどりを羽織る絶世の美姫が、現れた。
 もちろん、神棚に祀られた社であるから小さいし、今、美姫が一段一段降りている階段も、全て小さい。そして、何より美姫自身も……。
九尾狐きゅうびこか」
 ふさふさとした黄金色こがねいろの九尾を見て、有雪がわずかに身構えると、
「……人間風情に我が姿を口にされると腹が立つのう」
 九尾狐きゅうびこ――いや、稀代の美姫、玉藻前が不機嫌を露わに眉を顰めた。
 よもや、神棚に妖狐を祀っている訳ではあるまいが。――いや、尾裂狐おさきは稲荷神の一部とも云われる九尾狐きゅうびこである。
九尾狐きゅうびこの好物も酒なのか?」
 玉藻前がここにいる理由を、有雪は訊いた。
「嫌いではないが、ぎょくの方が好物じゃ」
 ぺろり、と舌舐めずりをして、玉藻前が言う。
 それを聞いて、鹿苑寺で手にした『捨て呪』の飛礫を思い出した。さっき、玉藻前自身も、『捨て呪』となっていたこの石のことを口にしていたのだから、何か知っているのかもしれない。
「この玉砂利はお主の仕業か?」
 有雪が訊くと、
「妾がそのようなことして何になる?」
「……」
 云われてみれば、人間の娘に呪いを移したとて、意味がない。
 なら、これは全くの偶然であったのだろうか。
「それを仕掛けたのは、恐らく、そなたをこの時代に呼び込んだ者」
「この時代?」
 意味の判らない言葉に問い返すと、
「そなたとて、ここがそなたの世でないことくらい判っておろう」
 さも楽しげに、玉藻前は言った。
「それは無論――。なら、ここは……」
 見たことも聞いたこともない寺や、市バス、タクシー、天にも昇る味わいの酒……そんなものがある、この世界とは――。
「そなたの時代より千年余先の京師――いや、今は京都と呼ばれている。同じ地、違う時に在る京の都じゃ。平安の世でも、じきにその呼び名が広まるであろう」


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