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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 6
しおりを挟む気を失った花乃を背負い、陰陽師だと名乗った青年は、極力人の少ない場所へと身を移した。――といって、腕に抱く娘に何かしようと思ってのことではない。観光客の減る冬の季節とはいえ、ここは人気が絶えることがないのだから。
「さて困った。ここが何処かも解らない上に、厄介事にまで関わってしまった」
白装束の陰陽師――有雪は、困り果てて溜息をついた。
何故こんな処にいるのかも解らないし、一条堀川の田楽屋敷へ行くには《しばす》というものが必要らしい。――そう。もともと有雪は、双子の田楽師が暮らす一条堀川の田楽屋敷で、タダ酒を煽っていたはずなのだ。それが突然、こんな処に訳も判らず立っているなど――。しかも、背に負う娘は何かに憑かれている。右手の人差指ではその証拠に、指の腹に半分ほど食い込んだ小石が、人のものではない力を放っている。
動かぬ巨石に封じられる――というのはよく聞く話だが、こんな寺の小石の一つに取り憑いているなど……。
それにしても――。
花乃を下ろし、顔に煩わしげにかかる髪をのけ、白装束の陰陽師は、その面貌を静かに見つめた。
――何処かで会ったような気がする。
もちろん、この世界に知り人などいないのだから、誰か似た人間を知っているだけのことなのかも知れない。すぐに思い出せないのは、普段、共にいる者たちではないからなのか、それとも、記憶が思い出すことを拒んでいるのか――。
「おい、しっかりしろ。この世界のことは俺には解らぬのだ」
気を失ったままの花乃の頬を軽く叩き、白装束の陰陽師は呼びかけた。
普段は胡散臭い言葉しか吐かないのだが、この異界では調子も出ない。
「ん……」
人差し指の石は、花乃の意識までは支配していないようで、
「私……どうして……」
と、戸惑う風を見せた後、美貌の陰陽師の顔を前に、さっきのことを思い出したのか、
「石が、私に――っ」
と、身を起こした。
だが、右手を見ることは出来ないようで、小刻みに体を震わせている。
「……。ここではなんだ。落ち着いて話も出来ぬ。田楽屋敷へ行って話そう」
「田楽屋敷……?」
「俺が居候をしている先だ。お節介な双子と、熱血漢の検非遺使に酒をたからねば調子が戻らぬ。――俺は、有雪。そなたは?」
「……花乃」
そんな訳で、花乃に道の案内を受け、奇妙な格好をした人々が行き交う異世界を、有雪は一条堀川までやって来たのだが……。
そこには、有雪の知る田楽屋敷の面影はなく、通りも街並みも、すっかり別の物にすり変わっていた。
「ここが、この世界の一条堀川なのか……?」
堀川に架かる橋の位置は同じでも、そこはもう、有雪の知る一条戻橋の姿ではなかった。無論、堀川とて、川と呼べるものではない。こんな光景は見たこともない。
周囲は四角い『びる』という建物ばかりで、恐ろしく早い『車』が走っている。
「駄目なの? ここじゃ、この石を取れないの?」
花乃が心配そうに訊いて来る。
もちろん、ここに田楽屋敷があったとて、どうにかできるという訳ではないのだが、四人寄れば文殊の知恵(一人多い?)ということもあって、あの三人の無知な言葉に閃くことだってあるのだから。
「すまぬ。俺にはここが何処なのかも、その石に何が封じられているのかも皆目見当がつかぬ」
寺に落ちていた小石、といいうだけのことしか解らないのだから。
「これ? この石はきっと白蛇様の祟りだわ!」
「は? 何故そのようなことがおまえに――」
「だって、私、白蛇様の塚に小石をぶつけたんだもの……!」
花乃の話を聞くと、こうであった。
恋しい人と寺巡りに行ったものの、仕事が入って置き去りにされ、その腹いせに《白蛇の塚》で小石を蹴ったら、こともあろうか蹴った石はその塚に当たり、驚きのあまり、詫びることもせずに逃げて来たのだという。
罰当たりも甚だしい。
「あー……まあ、原因が解ってよかった」
できれば、もっと早く言って欲しかったが。
「では、早速、《白蛇の塚》に戻ろう」
有雪は言ったが、花乃はまるで聞こえてなどいないように、じっと石の食い込んだ人差し指の腹を見つめている。そして――。
「これ……」
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