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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 26

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 コーリャが率いる村人たちは、ひたすら南下を続けていた。
 総勢、一〇〇人ほど――。年寄りもいれば、女子供も混じっている。
 この行列以外にも、村からはたくさんの一行が、旅鼠という移動生活を続けて来た村人たちの名に相応しく、方々に出発して散っていた。
 もう随分、冬の色が濃くなっている。一日の最低気温は遠の昔に一ケタ台になっているし、夜の今、冬衣がなくては外にいられない寒さだった。東の果ての島国では、残暑が厳しく、まだまだ汗をかく日が続いているというのに……。
「なあ、コーリャの奴、なんだかいつもと違わないか?」
 ただ黙々と前へ前へと歩みを続けるコーリャを見て、肝っ玉母さんの三つ子の一人、ヴィタリーが言った。他の兄弟も、皆、この集団にいる。
「そりゃ、ほら、あれだろ。アルビナが一緒に行かない、って言って村に残ったから、落ち込んでんじゃないのか?」
「保存食の話し合いの時から、ほとんど口とかきいてなかっただろ?」
「保存食って、ホントは村人の死体だ、ってホントかなぁ?」
「ええ――っ!」
「冗談だろ?」
「なんか、それで大人たちが長い間話し合ってたって、隣の区画の奴らが言ってたから」
「ホラだよ、ホラ。そんなことあるわけないし――。だいたい、そんなの喰う奴いないって」
「やっぱりそうだよね」
 最初の内は化け物たちに襲われるんじゃないかと、皆、神経を尖らせて歩いていたのだが、どういう訳かこれだけの人数が食糧を背負って歩いていても化け物の類は一向に現れず、気持ちもすっかりほぐれていた。子供たちばかりでなく、大人も、年寄りも。
 星空は冷たい空気に澄んでいて、都会と違って明かり一つないこの辺りは、満天の星空を見渡せる。
 さすがに疲れてはいたが、先頭を行くコーリャが迷いもない様子で歩いて行くため、皆も信頼して歩いていた。説得された時に聞いたことだが、今日中に出来るだけ遠くに移動し、身を隠すねぐらを見つけなくてはならないのだと言う。
 だが、コーリャは確かにいつもと違っていた。多少、腕っぷしも強く、先頭に立って事を起こしたがるが、見栄を張っている部分もあり、決断力や判断力を要する時などは、迷ったりうろたえたりすることも少なくない。それなのに今回は、そういう部分が見えないのだ。ただ無心に突き進んでいるように見える。
 すでに夜中近いだろうか。体内時計はそう告げている。
 この先に河があるのか、水の匂いと流れる音が微かに届いた。
「おい、河を超えるのは無理なんじゃないか?」
 大人たちの一人が言った。
 深い上に川幅が広く、若い男たちでも渡り切れるとは思えない。ましてや女子供、年寄りは……。しかも、河にはあの凶暴な巨大魚がいる。
 先頭を行くコーリャの足は止まらなかった。
 さすがに皆、不安になり、
「おい、コーリャ。この先は河だ。このまま進んでも渡れないぞ」
 と、その肩に手をかけて引き止める。
「今日中に出来るだけ遠くへ向かうんだ」
 これは、コーリャが口にした、何度目かの同じ言葉である。
「それはわかっているが、河は無理だ」
「今日中に――」
「おい、しっかりしろっ! このまま河に突っ込むつもりか!」
 今度は一人だけではなく、数人の大人たちがコーリャを引きとめ、強い口調で制止した。肩を掴み、激しく揺さぶり、まるで何かに取り憑かれたかのように前進を続けるコーリャの目を醒まさせる。――そう。目を醒まさせる、という言葉こそ相応しいものだったのだ。
 強い衝撃を与えられ、コーリャがハッとした様子で立ち止まった。
「やっと止まったか。――ここからどうするんだ? この先は河だぞ」
 村人たちはそう訊いたが、催眠状態から解けたばかりのコーリャに、そんなことが考えられるはずもない。
 だから、子供たちはこう言ったのだ。母であるゾーヤに言われた通り――。
 もし、河に行く手を塞がれたら……。
「――河に行く手を塞がれたら、この辺に仮り穴を見つけて、身を隠しながらイカダを作って河を下ったらどうかな? 歩くよりずっと早いし」


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