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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 25
しおりを挟む――ゾーヤ。
この村へ来た最初の日に、舜たちが助けた、十人の子供たちの肝っ玉母さんである。そして、狐仙に利用されて、この村へ招き入れてしまったヴィタリーたちの母親でもある。
彼女に説得されて、アルビナも旅立つ決意を固めたようで――。
舜は、アルビナを送りだしたまま息をつくゾーヤを見て、
「もうそれくらいでいいから、あんたもここを離れた方がいい。早く逃げないとあいつらが襲って来る」
そう言ったのだが、
「あたしはここに残るからいいんだよ」
満足げな顔で、ゾーヤは言った。
「それはダメだ。ここは間違いなく襲われる」
舜が言っても、
「うちの子たちが招いたことだからね。――悪かったねぇ。すっかり、あんたたちのせいにしちまって」
「そんなことは別に構わないんだよ!」
黄帝に罪を擦りつけられたのなら、どんな事情があっても許しはしないが。
「子供たちはどこなんだ? まだ部屋にいるのか?」
舜は訊いた。
「大丈夫だよ。あんたたちが皆を旅立たせてるって聞いて、真っ先に行かせたよ。あの子たちは一番にあんたたちを信じていることを示して見せなきゃならないんだからねぇ」
いつもの肝っ玉母さんぶりを見せて、ゾーヤが笑う。
「アルビナも、せっかくコーリャが連れに来たのに、頑固に手を振り払うから、結局別々になっちまって」
「子供がいるんだよな、おなかに」
「大丈夫だよ。村の女はみんな丈夫で安産だ。ちょっと歩いたくらいでどうにかなったりしないよ」
今はそう祈るしかない。
「なら、あんたも行かないと――。ナウムのじーさんたちも、今、食糧をまとめてる。彼らと一緒に行けばいい」
「言っただろ。あたしはいいんだよぉ」
「そういうわけにはいかない。あんたにもちゃんと逃げてもらう」
ゾーヤの焦げ茶色の瞳をじっと見つめ、舜は赤光を放つ双眸で言った。もうこれ以上、時間をかけるわけにはいかないのだ。
だが――、
「何だかねェ、あたしにはなぁんとなくわかるんだよ」
舜の赤眼が効いた風もなく、ゾーヤが言った。これには舜も驚いたが、この短時間でこんなに大勢の人間に対して赤眼を使ったことなどなかったから、少し疲れて効力が薄れて来ているのかも知れない。もしくは、少し気が緩んで、充分な赤光が放てなかったか――。
だが、これまでただの人間に対して、赤眼が効かなかったことなど、ある特定の事情を除いてなかったことも確かで――。
「えっと、ゾーヤ、オレの目をよく見てくれないかな?」
赤光を放つ瞳で、舜は言った。
「おや、今日は目が赤いねぇ。どうかしたのかい?」
「……」
ゾーヤには、ちゃんと舜の赤眼が見えている。それでいて、赤眼が全く効いていないのだ。
「ちょ、ちょっと待って――。いや、そんな時間はないんだった。他の人たちも逃がすから、オレと一緒について来てくれ」
そう言うことしか出来なかった。赤眼が効かないのでは、仕方がないではないか。歩きながら説得するしか。それに、一人くらいなら、舜が後から皆の元へ送り届けてやってもいい。
村人の数が大分減って来ているから、そろそろデューイともぶつかる頃かも知れないし。
「そういえば、さっき『なんとなくわかる』って言ってたのは何の事なんだ?」
行く先々で村人に赤光で避難を呼びかけながら、ふとそれを思い出して、舜は訊いた。
「ああ、あたしも言いかけたまま忘れてたよ」
ゾーヤは言い、
「ほら、あたしはあんたたちが来なけりゃ、あの時とっくに死んでいたはずだろ? だから、こうしてあんたたちの手伝いをするために生かされたんじゃないかと思うんだよ」
「ただのこじつけだよ」
「いいや、あたしにはわかる、っていっただろ。これは運命なんだよ。あたしがここに残るのは、最初から決まっていたことなんだ」
――運命って、もっと可憐な少女が口にするもんじゃなかったのか……?
この肝っ玉母さんが、舜と運命を共にする一人だとは、とても……。
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