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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 14

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「ほらほら、人の分にまで手を出すんじゃないよ。食べたらもう終わりだからね」
「ええ――っ! もっと食べたい! お腹すいたぁ!」
 肝っ玉母さんとその子供たちが、賑やかな食事の時間を過ごしている。
 元気な子供たちの傍らで、母親たるゾーヤはまだ足を引きずっていたが、十人も子供がいると、休んでいる暇もないらしい。
 ここは各家庭の部屋ではなく、この区画の村人たちの食堂である。
「私の分をあげるわ」
 そう言って夕飯の皿を差し出したのは、あの食糧保管庫でコーリャに反論していた少女、アルビナだった。
「駄目だよ、アルビナ。あんただって食べなきゃ元気な子供を産めないんだからね。この子たちに分けたところで、腹の足しにはならないよ」
 何しろ、十人の子供である。十等分した魚の身の分量など知れている。
 いや、それ以上に――。
「妊婦だったのか!?」
 舜とデューイが驚いたのはそっちの方で――。結婚出産年齢の低い村であることは察していたが、こんな少女としか思えない娘まで、結婚して妊娠しているなど――。まだ腹は目立っていないようだが、耳を澄ませば舜の耳には微かな心拍も聞こえて来た。
「生まれて来たって、食べるものがなければ死んでしまうのに……。また村の人口が増えて、憂いが増すばかりだわ」
 やりきれなさを語るように、アルビナが言った。
「子供はいいもんだよ。――またコーリャとやり合ったのかい?」
 ――これもまた驚き!
 あの冷凍保管庫で、村人の肉を食べるか食べないかで揉めていた青年が夫だったなど――。もちろん、舜の両親のように喧嘩をすることもなく、今も夫に恋焦がれる妻と、その妻を優しく愛する夫(注:舜はそう思っていないが)の姿が一般的だと思っていた訳ではないが。仲間を喰うか喰わないかで揉めている夫婦も珍しいだろう。
「もういいわよ、コーリャなんて」
「そんなことを言うもんじゃないよ。この魚だって、コーリャたちが旅の客人と一緒に獲って来てくれたから、あたしたちの口に入るんだよ」
「……」
「男なんかテキトーにおだてて、時々尻をひっぱたいて仕事に送り出しときゃいいのさ」
 豪快に笑いながらのその言葉は、単なる励ましなどではなく、これまでの生活に裏づけられた、逞しい現実が込められていた。
 確かに、十人の子供を育てるには、これくらいの逞しさがなくては務まらないのかもしれない。舜の母親とは全く違うタイプだったが、それでも嫌いなタイプでは、なかった。
「なあ、これが正しいとか言う訳じゃないんだけど、中国みたいに子供の数を制限してみたら、人口の増加も抑制できるんじゃないか?」
 さっきのアルビナの言葉に便乗するように、舜は言った。
 村の人口が増えるばかり――なら、増やさないようにすれば、そこに活路が開けるのではないだろうか。そう思ったのだが、
「馬鹿をお言いでないよ。子供は大切な宝だよ。化け物たちの寿命よりもずっとずっと短いあたしたちの寿命の中で、子供たちと過ごす時は、何よりの楽しい時間なんだ」
「それはそうだろうけど……」
「舜、子供たちに聞こえるから――」
 これ以上その話はしない方がいい、とデューイが横から口を挟んだ。
 くりくりとした愛らしい目をした子供たちが、興味津々に大人たちの話を聞いている。
 舜も諦め、
「――で、尻をひっぱたかれている親父は何処に行ったんだ?」
 と、まだ姿を見ていないその人物の所在を訊く。
「春に黄鼠狼ラスカに攫われちまったよ」
「――」
 彼らの生活は、いつも命の危険にさらされているのだ。
「じゃあ、それから独りで十人の子供を……?」
 またもやデューイの涙腺が緩み始める。
「子供っていったって、もう立派な働き手さ。いつあたしが死んだって、兄弟で助け合って生きていける」
 現にあの時も――舜たちがこの村に訪れた最初の日も、彼女は子供たちが無事ならそれでいい、と死の覚悟を決めていたのだから。
 ――この冬の食糧不足はどうするんだよ……。
 そんな言葉は、もちろん口にすることは出来なかった……。


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