513 / 533
二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 11
しおりを挟む翌日の魚獲りには、昨日、永久凍土の保管庫の一件で名前を知ることになった男、コーリャも一行に加わっていた。同胞を食べる決意を固めていても、やはりそんなことは最後の選択で、出来得る限り避けて通りたい道なのだろう。
「なあ、魚を取るための道具や仕掛けを作ったら、冬の間も食糧に困らないし、村の男が大勢でかかれば、巨大魚も引き上げられるんじゃないのか?」
河への道を辿りながら、舜は、仏頂面で歩くコーリャに問いかけた。
「馬鹿か、おまえ? 冬になったら、河そのものが凍っちまうだろ」
この眠れる大地に訪れる冬は、想像を絶するものなのだ。あの大きな河が凍りついてしまうのだから。
氷に穴を開けて釣ろうにも、あんな巨大魚を釣るための穴を開けるのも一苦労なら、万が一釣れて、その巨大魚が氷の上で暴れようものなら、村人たちの命が危うい。
舜ほどの力の持ち主でもなければ、河で獲物を取るなどということは、考えられないことなのだ。
空にも、河にも、陸地にも、村人たちを襲う化け物がいるこの現状では。
舜の五感は、早くもその化け物たちの一つ――らしき気配と匂いを嗅ぎつけていた。
「舜――」
どうやら、デューイも気付いたようで――。
「一匹じゃないな。村人たちを四散させないようにしろよ」
四方八方に逃げ惑われては、守れるものも守れなくなる。何しろ、連れ立って来た村人の数は百人に上る。バラバラになられては、向こうの思う壺だ。
「おい、コーリャ、皆に動かないように伝えろ。一か所に集まって、出来るだけ密集して身を守るんだ」
危険を告げるように、舜は言った。
「どういうことだ?」
「腹を空かせた奴らが近づいて来る」
「馬鹿なっ! 密集してたら逃げられる者も逃げられなくなる! 皆、喰われるだけじゃないか」
「だから、それはオレがなんとかするから――」
「おい、みんな、逃げろっ! 化け物が来る!」
「このバカ――っ!」
舜の言葉も虚しく、コーリャの叫びに危機を察した村人たちが、次々に声を上げて逃げ惑った。
「助けてくれ――っ!」
「だ!」
あっと言う間に魚捕りの一団は散り散りになった。
「逃げるなっ! ここにいろ!」
もう、舜の声も届かない。
途端に、針葉樹林の陰に潜み、機会を狙っていた化け物たちが、バラバラになった村人めがけて襲い来る。
――黄鼠狼。
村人の一人が叫んだ通り、それは細く長いしなやかな胴に、強靭な跳躍力のある後ろ脚を持つ、極めて気性の荒い化け物だった。雪の季節になると白い冬毛に生え変わり、村人たちを襲いに来るが、今はまだ茶色の毛に覆われている。それでも、後ろ脚で立ちあがった胸から腹は、真っ白い毛に覆われていた。
黒く丸い眼が村人たちの動きを捉え、あっと言う間に鋭い牙の餌食にして行く。
前足で一人を抑え込み、口でまた一人の村人を捕捉する。
「ぎゃあああ――っ!」
「うわああ――っ!」
そこかしこで悲鳴が上がった。
「皆、一カ所に集まれ!」
黄鼠狼の数は全部で六匹――。四方で暴れ回るこの化け物を、いくら舜でも刹那に倒して回ることは出来ない。せめて、村人たちが一カ所に集まり、そこめがけて相手が飛びかかって来てくれたのなら、かなり状況は違ったのだが。
今更言っても仕方がない。
舜は村人たちを襲う黄鼠狼めがけて、地面を蹴った。
繊手から、鋭く美しい爪が伸び、シャっと横一線に残像が閃く。
「ひぐっ!」
喉笛を裂かれた黄鼠狼の口から、血泡がぶくぶくと吹き出した。
わずか、繊手の一薙ぎで――。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる