512 / 533
二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 10
しおりを挟む「これって、黄帝様がおっしゃっていた『誰を生かすか』を決める基準の一つなのかな」
二人のやり取りを聞いて、デューイは複雑な思いで口を開いた。
同胞を食べてまで生き残ろうとしている者たちと、それに反対する者たち――。どちらか正しい方を生き延びさせる。それが黄帝の思惑なら――。
「あいつにそんな基準なんかあるわけないだろっ」
何しろ、黄帝自身が同族を非情に殺して来た化け物である――炎帝や黒帝、貴妃などの同族の言葉を借りれば。
それなのに、自分の同族殺しは正当で、他の者が同じことをするのは罪、などという身勝手な線引きはしないだろう。――いや、あの父親なら、惚けた顔をしてするかもしれないが。
というか、殺すのと食べるのは違う、とでも言い出すだろうか。――それこそあり得ない。あの父親は、そんな【迷いを持つ】次元で生きているような、まともな生き物ではないのだから。
ともかく、黄帝の真意は、そんなところにはない。
そして、舜も、黄帝の思惑通りに事を為すつもりもない。
だが、だからと言って、目の前にある氷漬けの遺体について、どう考えればいいのだか……。
共食いをする生き物は珍しくもなく存在するし、舜の一族にしても、人間の生き血を糧にしている。たとえそれが合法的に手に入れた血液であろうと――。舜や黄帝は、共存者、という互いに糧を得るための存在を持っているから、人間の血液を必要としないだけで、そうでなければ、きっと……。
同胞を食う魚を責める者がいないように、自分が生きるために共に生活をして来た村人を喰らおうとする者を、責めることが出来るのか、と言われれば、何とも言えない。
黄帝ならば、迷うことも、手を出すこともしないだろう。目の前で我が子が殺されるのを見ても、一言も口出ししないような親なのだから。
なら、黄帝が望んでいるのはそれなのだろうか。この村の人々が飢餓や病気で滅びて行くのを、第三者として黄帝のようにただ見ていることを期待しているのだろうか。――いや、見ていることしか出来ないのだと、思い知らせることこそ、あの悪魔の企みなのかも知れない。
――クソッ。
舜は口の中で悪態づいた。
自分たちは――いや、あの黄帝でさえ、この地上に生きる全ての者たちを救ってやれるわけではない。それなのに、目の前にいる者たちだけを救うことが、本当に正しいことなのか否か……。
本来なら、助からなかった命――。舜やデューイたちが来なければ死んでいた者たち。
ここへ来てから、すでに二人の命を救っている。
だが、黄帝なら、あの二人を助けただろうか。――考えるまでもない。手を出すことも、口を出すこともしなかったに違いない。黄帝がそんな『人の心』を持ち合わせているのなら、我が娘である雪精霊が方士に殺されるのを黙って見ていたはずがないし、人の心を捨てることの出来ない方士に、仙人への道を示したはずもない。
まだ見ぬ父親に会うことを望み、人と手を取り合った優しい魔物だったのに……。
自分の信じる善を貫こうとする、心厳しい方士だったのに……。
「なんか、腹が立って来た」
「舜?」
「意地でも救うぞ、この村!」
舜は、沸々と湧きあがる闘志を燃やし、固くこぶしを握り棲めた。
デューイももちろん、舜のそんな健気な(?)姿に、何度も深くうなずいたのだった。そして、
「すぐに冬が来るから。五月の雪解けまでの食糧を準備しないと」
「……五月?」
――しかも、すぐに冬?
この国の『冬じゃない季節』は、一体どれだけ短いんだ?
吸血鬼であるため、気温の低さはそれほど気にならなかったが、そんなに冬が長いとなると、あの河の魚を獲り尽くしても足りるかどうか……。
「クソッ! おぼえてろよ、あいつ……」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
30代主婦死んでもないけど神の使徒してます
ひさまま
ファンタジー
ハローワークのパート求人
時給:歩合制(一回:1000円)
時間:手の空いた時に
詳細:買い物補助
買い物バック貸与
タブレット貸与
交通費支給
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる