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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 15
しおりを挟む狐の毛皮は高級品である。
特に、仔狐が生まれて最初の冬、冬毛に生え変わった頃を狙ってやって来る。
彼らは生きたままの狐の皮を剥ぎ、毛皮へと加工する。
後ろ脚を持ち、頭部を棒で何度も殴り、或いは地面に叩きつけ――そうやって狐たちを失神させる。もちろん、ナイフを入れて皮を剥ぐ工程の間に意識を取り戻し、抵抗を続ける狐もいる。そんな狐たちの頭部を、またナイフで何度も打ちのめし、首を踏みつけて窒息させ、最後は頭の皮まで剥ぎ取ってしまう。
それでもまだ、生きている狐たちがいる。
痛みと苦しみにもがき、ゆっくり、ゆっくりと息絶えて逝く狐たちが……。
「よくも、我が山の者たちを……」
カッとなり、後は刹那の出来事だった。
雪蘭の手に、大きく反った片刃の青龍刀が閃くと、氷で出来たその刃は、瞬時に辺りを薙ぎ払った。
吹雪が鳴り、氷刃の先にいた人間たちが一人残さず凍りつく。
「山はおまえたちのものではない」
矢に射抜かれた仔狐はこと切れていたが、他の子狐と親狐は、吹雪に凍てつく人間たちを眺めると、こと切れた仔狐を優しく舐めた。
「助けてやれなくて、すまない」
雪蘭が言うと、狐たちは静かな眼差しで、雪蘭を見つめた。
まるで、雪蘭を慰めるように。
「ありがとう。――さあ、連れて行っておあげ。私が触れると凍ってしまう」
刺さった矢すら抜いてやることも出来ずに、雪蘭は言った。
触れ合えないことは、いつまで経っても縮まることのない距離を見るようで……いつもたまらなく寂しくなる。この手で仔狐を抱き、矢を抜き、親たちに渡してやることが出来たなら……。
無論、そんなことは、夢のまた夢。
誰とも触れ合うことが出来ない宿命――それが、雪蘭が背負って生まれて来たものなのだから。
だが、雪蘭の母は、それを打ち破る者と出会った。
誰とも触れ合うことを許されない宿命であると思っていたのに、手を握り、肌を重ね、子を成しても死なせてしまうことのない相手に……。
もし、雪蘭も、そんな相手に出会えるのなら……。
母に黄帝がいたように、雪蘭にも……。
三神山から戻って数日後、明後日には出立の支度が整うことを告げるために、方士、瓊は雪蘭のいる山へと踏み込んだ。
そして、降りしきる雪に半ば埋もれるようにして凍りつく、何人かの遺体を見つけたのだ。
自然死でないことは、すぐに判った。
雪蘭が手にかけて殺したのだ。
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――雪蘭……。
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また一からやり直すには、魔物である彼女を信頼できない。これほどまでに簡単に、幾人もの村人を殺してしまう輩など……。
「これも、おまえを見逃して来た私の罪――。この私の手で、退治してくれよう」
魔を祓う錫杖を握り締め、瓊は雪蘭の住処へと足を進めた。
今度はもう、どんな言葉にも耳を傾けてやるつもりは、なかった……。
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