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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 14
しおりを挟むそれから二人はしばらく無言で進み、誰からも情報を得ることの出来ない人の登らぬ山の中で、神芝の気配を探しまわった。
人には明日の命の約束がない――。
なら、魔物にはそんなものがあるというのだろうか。
確かに人よりは生命力も強く、寿命も長い。命を勝ち取るための力もあり、誰に寄り添うでもなく生きていける。
だが――。
だが、一人よりも、誰かと共にいる方が、ずっと……。
そうして暮らしていける人の子の方が、ずっと幸福を約束されている。
それは、弱きものだからこそ得られる幸福なのだろうか……。
そんなことを考えていると、ガラッ――と岩の崩れる音が鳴り、すぐにガリガリと岩肌を滑り落ちる音がした。
固く乱雑な音に視線を向けると、瓊が崩れた足元に逆らえずに、急な斜面を四つん這いのまま滑り落ちて行くのが見て取れた。
「方士!」
雪蘭は咄嗟に手を伸ばし、瓊の握る錫杖を掴んで落下を止めた。
切り立った崖という訳ではないが、直立して歩けないほどの傾斜なのだ。
そして――。
「きゃあああああ――っ!」
錫杖を掴んだ雪蘭の手は、刹那に焼けただれて行くように、凄まじい痛みと熱に襲われていた。
つい、咄嗟に掴んでしまったが、これは、魔を祓うための錫杖なのだ。
瓊は斜面に腹ばいになり、何とか錫杖にすがって、それ以上の落下を食い止めている。
だが、
「放せ、雪蘭! 手を失うぞ!」
雪蘭の叫びを聞いて、言葉を放つ。
「う……く……っ! そう思うなら、早く足を……踏ん張れ……」
足元の細かい石に滑るままでは、手を離した途端に、また落ちる。
一人になるのは、寂しかった。
「すまぬ」
足場になる岩を探り、瓊の体重が錫杖から解放されるのを見て、雪蘭はそろりと錫杖を離した。
手は、指を曲げ伸ばしするのも困難なほどに焼け崩れ、骨まで溶かしてしまいそうな痛みに痺れていた。
それでも雪蘭は、人と共にいることを疎ましいとは思わなかった。
「見せてみろ。今、傷に効く薬草を――」
「大丈夫……だ……。私に触れれば……今度はおまえが凍りつく……」
「……」
雪蘭は魔物なのだ。
魔を祓う錫杖に焼かれ、その手に触れた罪なきものを瞬く間に凍りつかせてしまうほどの――。瓊もそれを思い出してしまっただろうか。それとも、忘れたりすることはなかっただろうか。
彼女は、方士なのだから。
その日は一旦、戻ることにして、雪蘭の傷が癒え、瓊が三神山を登るための準備を万端に整えるまで、雪蘭は自らの山へ、瓊は山の傍の里に身を置いた。
魔物に薬草が効くのかどうかは解らなかったが、雪蘭の住処には今まで瓊と共に集めた薬草の数々が凍結乾燥させて、保存してあった。
火も、明かりもない住処だが、一人なら何も要らない。
時々、狐たちの睦まじい姿を見ることが楽しみだった。
毎年、数匹の子供を産み、夫婦で育てるのだが、仔狐は猛禽類に狙われやすく、そんな姿を見た時は、ついつい母に言われたことも忘れて、救いの手を差し伸べてしまうのだ。
『雪蘭、私たちは自然の理に手を出してはいけないのよ』
――でも、目の前の仔狐たちだけでも……。
そう思ってしまう。
そんな昔のことを思い出していると、そう離れていない山中から、甲高い仔狐の悲鳴が耳に届いた。
母の言葉は胸に留めていたが、急いで飛び出さずにはいられなかった。
まだ幼く、跳び跳ねるように駆け回る子狐たちの姿が、脳裏を過る。
だが、仔狐たちを襲っていたのは、鳶や梟の猛禽ではなく、手に手に弓矢を持った人間たちだった。
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