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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 12
しおりを挟むとても耳触りで、厭な音がする。
簡単に言うなら、金属の触れ合う音――。
だが、それほど単純な音ではない。人が歩く歩調に合わせて鳴るその音は、静かな山には響き過ぎた。
これは、恐らく、魔を祓うための錫杖の音……。
雪蘭は、木々の合間をすり抜けるように、人ではない軽やかな動きで音の方へと足を向けた。
手に触れた木々の幹が、瞬く間に霜に覆われ、凍りつく。
枯れ葉の降り積もる山道には、一人の方士が歩いていた。――いや、すぐに歩みを止め、雪蘭の方へと視線を向けた。
魔物を忌み嫌う、厳しい眼差しをしている。
「人の足音に誘われて来たか。このまま山奥に籠って人に手出しをせぬと誓うなら、見逃してやろう」
声は女のもので――しかも法衣をまとった女を見るのは、珍しかった。
だが、里で暮らせる『人』の分際でありながら、山の奥に入り込んで、その言い分は間違っている。
「ここは我が山――。黙って里に下りるなら、見逃してやろう」
雪蘭は言った。
もちろん、相手を嘲笑うための言葉である。方士と言えど、限りある命の人の子など、触れた刹那に芯まで凍らせ、吐息一つで命を奪える。この手で触れても凍らせることが出来ぬのは、東の島で果てた母と、この大陸に自分を導いた父のみ――。
母から聞かされていた父の面影を求めるように、こうしてこの大陸まで来てしまったのだが、聞くのは真偽の判らぬ噂ばかりで、ただの伝説のような存在だった。
「ほう。ここを我が山というか――」
方士は何かを思いついたかのように瞳を細め、
「私は黄帝様に神仙となる教えを乞い、千二百善を積み、五芝を探す旅の途中だ。おまえ、ここを我が山と言うなら、翡翠の羽のような青い神芝を見たことはないか?」
――黄帝。
他のどんな言葉よりも、雪蘭の胸を占めたのは、その名前だった。まるで、ここで、その方士に会うことが運命でもあったかのように――。
――父、黄帝の教え……。
「この山に生える茸や野草に知らぬものはない。――その神芝があれば、黄帝様に会えるのか?」
つい、そうして訊いていた。
人と関わることもそうそうなく、誰かの前で己の心の内を隠す術も知らなかったのだから。
だが、方士の方は、そんな 雪蘭の様子に何やら驚いているようで、
「ほう……。おまえも黄帝様にお会いしたいのか?」
「私も――会えるのか? 善行を積み、神芝を手に入れれば?」
今までたった一人、人の子のように肉親もなく、この深い山の中で過ごして来たのだ。顔さえ知らぬ父に会える機会があるのなら――そう考えただけで、胸が躍った。
「もちろん、それが黄帝様の教えなのだから、おまえも同じく会えるだろう。したが――」
「――したが?」
「千百九十九の善行を積んでも、ひとつ悪行を行えば、それまでの善行は無に帰す」
「――」
「おまえには無理ではないか? ――いや、これも何かの縁。おまえが悪行を為さぬよう、私が共にいてやろう。神芝探しを手伝うと云うなら、それも善行の一つになるだろう」
否、という理由など、何処にもなかった。
雪蘭は、錫杖を持つ方士、瓊と共に、神芝を探すことにうなずいた。
「――で、狩人小屋は寒さを凌げる場所なのか?」
こうして二人は晩秋の山で、珍しい薬草を採り、年を跨いで霊山を巡り、神芝と呼ばれる五芝を探した。
珊瑚のように赤い神芝、脂肪のように白い神芝、沢漆のように黒い神芝、翡翠の羽ように青い神芝――石芝、木芝、草芝、肉芝、菌芝……と呼ばれるものだが、黄色い黄玉芝だけは、何処を探しても見つからなかった。砂金を含む紫金石のようなこの神芝は、蓬莱山に生えると云われ、黄虎と黄魚に守られて、人には行けぬ場所にあるという。三重の傘と三本の枝の全てが透き通るような紫金色で、未だ目にした者はいないらしいのだが……。
「大丈夫。彼処になら、きっと……」
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