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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 7
しおりを挟む麒麟とは、つまらない生き物だ。
他の麒麟たちは、ことあるごとにそう言って、生あるものの存在しない蓬莱山でふてくされているが、索冥はそうは思わなかった。
確かに、人が云うところの仁獣として、生き物の命を奪うことはしないが、誰彼が思うほどのご立派で仁徳に満ちた生き物でもない。
何より、徳のある王が仁の治世を成した時に現れる、などという白けるような瑞獣でもない。そんな立派な聖君の元になら、麒麟が現れるまでもないではないか。
なら、舜帝はどうなのか。
徳も仁も持った、聖人君子としか呼べない帝王である。索冥などいなくても、この世を仁の治世下に置くに違いない。決して、過ちなど犯しそうにない帝王だ。
なら、帝王とは――。
麒麟とは――。
一体、何のための生き物なのだろうか。
他の麒麟たちは、
「誰よりもつまらない生き物なのよ。つまらない生き物同士、一緒にいることもないでしょ」
と言うが、それなら、索冥が舜帝を放っておけないのは何故なのだろうか。
――虞氏は、人が善過ぎる……。
索冥が、帝王の放つ気の気配に惹かれて歴山に入った時、自らの手のマメがつぶれるのも厭わず、懸命に地を耕していたのが、重華と呼ばれる少年――今の舜帝である。
生母と死に分かれ、継母に酷使され、兄弟の悪辣さに苦労を重ね、それでもいつも、
「そう人を悪く言うな、索冥。誰しもそうしなくてはならない理由があるのだ」
麒麟である索冥よりも、余程、仁に満ち溢れた言葉を紡いでいた。
何度殺されかけても――。
何度裏切られて、騙されても――。
だからこそ索冥は、虞氏の側を離れることが出来なかったのかも知れない。索冥が側に付いていなければ、今まさに自分を殺そうとしている継母にさえ赦しを与え、自分勝手な言い分に耳を傾けようとするような人物だったのだから。
「そういうのを、愚か、っていうのよ」
一番長く目醒めている麒麟、黄麟は、目を細めてそう言ったものである。
――虞氏は聖人ではなく、愚者なのだろうか。
索冥にはよく解らなかった。
ただ、何を言っても虞氏は変わらないだろうし、それなら自分が虞氏を守るしかないと思っていた。
「やめておきなさい。天帝みたいに結界に籠って出て来なくなるわよ」
黄麟と同様に、聳弧も天を仰いで、そう言った。
帝王は、麒麟の存在が鬱陶しいのだ、と他の麒麟たちは口を揃えて、索冥に言う。
麒麟には、誰よりも帝王の欠点が見えるため、そこを突かれるのが腹立たしいのだと。
だが、虞氏はそんなことに腹を立てたりする様子もないし、魔物まで助ける愚行を責めても、ただ笑って、困ったような顔をするだけ。
雪蘭のことも――。
第一、麒麟に帝王の欠点が見抜けなければ、どうやって帝王を守ることが出来る、というのだろうか。その力や能力を持ってして、麒麟を守れる帝王とは違うのだ。
だから、こんな伝えも生まれている。
――全ての麒麟を側に置くことのできる帝王は、全てを生み出し、全てを破壊することが出来るだろう――
もしかすると、それは舜帝のことなのかも知れない。
彼になら、他の麒麟たちも、今自分が守っている帝王の欠如した部分を教えるだろうし、また、そうしても不安を持たせない人物なのだ、虞氏は。
それぞれの帝王の欠点を聞いたからといって、それを利用して全ての帝王を討つような人物ではない。
無論、その前に他の帝王に倒されてしまう危惧は大きいが。
炎帝と黒帝は、すでに黄帝に討たれてしまった、と聞く。
天帝は、正しい人の在り方を問うて、様々な国を創り、その末に、善と悪に厳しくなりすぎ、自分の娘と共に結界に閉じ籠ってしまった、と聞いている。
そして、黄帝もまた、いつの間にか、どこかに姿を隠してしまった。
他の帝王に興味がある訳ではないが、他の麒麟たちの話では、今、麒麟の前に姿を見せている帝王は、この舜帝――虞氏、ただ一人なのだと……。
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